音・岩・光

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19032017

1ヶ月と少しの修行からMisaoさんが帰国。
本当はこの日は休みじゃなかったけど、同僚さんから休日入れ替えの希望を告げられ、運よく朝早くから成田空港へ迎えに上がることができた。到着ロビーしか行かなかったので、出発ロビーにあるご当地ラーメンを買うのを忘れたのが痛恨。なんだかんだで空港(とかく成田)はB級グルメが発達しているので面白い。

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驚くほどまでではなかったけど日焼けしていて、日本の一番寒い時期を半袖で送った相方が羨ましかったり。で、帰りのスカイライナーでボソリと「これからの食事はベジタリアンね、牛乳と卵も。」と言われ驚天動地ですよ。そうとうなヨギーニになっているぞと思いきや、帰国早速、アプリのゲームをやっていたり、まだまだ発見があるものですな。ただ、御土産のTheご当地グルメはかなり美味しかった。日本でも取り寄せられないか調べてみようと思う。





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by Tashinchu | 2017-03-19 08:00 | Events | Comments(0)

24102016

新橋へ行く予定だったけれど鎌倉へ。天気はすこぶる良いが、日陰にいるとヒンヤリした寒さが芯に迫ってくる。朝の早い時間帯の湘南新宿ラインなら、乗り換えなしの直通で北鎌倉駅まで繰り出せるものもあるらしいが、自分達は戸塚で乗り換えてそこから北鎌倉入り。今日はここから鎌倉駅まで、大仏コースと称されたハイキングコースを歩き、鶴岡八幡まで足を延ばすスケジューリングを立てた。


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大船観音がお出迎え
非常に親近感の沸く観音様


北鎌倉駅はビブリア古書堂の事件手帖の舞台でもある。全巻読破したけど細かな固有名詞は忘れてしまったので、最初の目的地(といっても駅から数10秒なんだけど)円覚寺が舞台なのかどうかすら怪しい。まだブームが残っているなら、看板なんかがあるんじゃないかと期待してみることにした。一応これは本日の裏目的。表はというと、鎌倉にある国宝の内の3つを見てまわること。三角点ハントはお休みして、国宝ハンティングを1日歩いてしようという感じ。円覚寺はえんがくじと読むようだ。



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三門(山門)はスケールから違った




東京都心から直ぐ、しかも歴史のある鎌倉なので、いつも混みあっている印象だったけど、境内入口から人は少なくて音もあまりせず良い感じ。北鎌倉だからなのか、週末じゃないからなのか、最終的に大仏様や鶴岡八幡まで出てみるとバッチリ混んでいたので、北の影響が強いんじゃないかと思う。静かに神社仏閣を巡りたいなら北鎌倉だとそう感じた。

ここ円覚寺には2つの国宝がある。開始から2つも見られてしまうのは嬉しい。この時点で残り1つになってしまうんだけど(しかもそれは何度も訪れている大仏様)。境内の奥まったところに2国宝は位置しているので、後ろの予定も詰まっているし、サクサクっと見て周るべきなんだけど見所が満載で思うように前に進めず、観光客はいないけれど建物や風景に行く手を阻まれている感じ。

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Hiroは潔く単焦点レンズ1本でやってきた。僕はというとRFカメラなので3本も欲張って持ってきてしまい、更に歩みが遅くなる。しかもバッテリーの持ちがすこぶる悪いので、この時点でバッテリー残量が3段階表示の2/3に減少。最後の1/3はないも同然なので、半分消費してしまった計算になる。1つ10,000円以上もするユーザーアンフレンドリな予備バッテリーを失くしてしまったことが悔やまれる。


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年に数日しか公開されていない国宝舎利殿
何10mも手前からしかその姿は拝めず



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長い階段を登っていくと、2つ目の国宝 洪鐘に辿り着く
関東で一番大きな鐘楼なんだそう




鎌倉時代は戦国から江戸時代の建物とは違って、奈良や平安期に見られるような大陸の影響が少なからず見られて楽しい。大きく言ってしまえば、奈良・京都は1000年の都の面影があるけど時代が一箇所に渦巻いていて判りづらく、東京は戦国以降の様式や日光東照宮に見られるような徳川権威の装飾が凄まじい部分がある。1000年前の中世(でいいのかな?)建築や歴史がポツンと切り取られたように残っている、鎌倉の魅力はそこにあるんじゃないかと思うし、その辺に注視してみてみると面白いと自分は思っている。


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お堂内の木像は撮影禁止だったけれど、係りの人に「堂内ではなく垂木を撮りたい」旨を伝えると、それであれば問題なしとの回答をもらい撮影させてもらったのが上の写真。判りづらいけれど、2段になった垂木が梁に対して放射線状に伸びているこのお堂。造りが宝形・方形造なので当たり前と言えばそうなんだけど(中から見てみたい!)、その係りの人の話によると舎利殿の垂木もそうなんだとか。遠目では入母屋造りに見えた舎利殿に放射垂木、実際は寄棟であったとしてもこれはますます見てみたくなる。年に何日かある一般公開はいつなんだろう。お礼にという訳ではないけれど、この佛日庵で人生初の御朱印をいただいた。御朱印集め、したくなっちゃうのかなぁ。ちょうど開催中だった鎌倉名所スタンプラリーは、もれなく用紙をゲットして、まんまと企画者の術中にかかってペタペタすることになったという。









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浄智寺境内を横から



バッテリー表示を見るのが怖くて、ここから写真はあまり撮らずに大仏コースを進んで行く。円覚寺の次は、東慶寺や浄智寺を拝観するんだけど、円覚寺で相当のバッテリーと時間を使ってしまったためスルー。帰宅して調べてみると、このあとにやってきた丘陵地の天辺を稜線歩きのように進むハイキングコースは「葛原岡ハイキングコース」と呼ばれているようだ。後半部は「大仏ハイキングコース」らしい。保育園や幼稚園の子どもたちも歩いていたし、バックパックで観光中のポルトガル人カップルがいたのも頷ける。眺望はあまりないけれど、名前の由来になっている葛原岡神社付近では、僕らは見られなかったけど富士山も見られるらしいし、どんぐりなんかの木の実や落ち葉も沢山落ちているし、とにかく地層・地盤のようすがまじまじ見られて楽しいコースだった。コナラが餌物を探している姿にも遇えたし、自然は豊かで街の活動音も聞こえてこない快適なハイキングコースで、期待以上のオススメハイキングコースだと思う。


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海が見えるポイントも一応ある



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トンネル工事は終わっていた
10年以上前は工事最中に歩いてくぐった記憶がある


丘陵地を行くハイキングの終了地点はトンネル脇。こんなところに降りてくるんだ。鎌倉幕府がこの場所を選んだ理由が良く判る、丘の向こうとこっちを結ぶ大仏切通しは寄り道すると見られるので、最後に急な階段をひと登りして確認してきた。下りてくると一気に車や人の音が大きくなって、街にやってきた感がプンプン。少し歩くと多くの外国人観光客に囲まれた大仏様が迎えてくれた。


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広角で撮ると足長大仏になる
年始に始まった補修工事も終わり、お姿を拝められる



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三猿と太陽・月が目印


高徳院の入口では青面金剛像がひっそりと鎮座しており地域の信仰の様子が見られる。鎌倉の土地・地盤、切通しを見るハイキング、奈良・平安と戦国・江戸時代に挟まれた隙間建築のようすを実際に見ていると、教科書って本当に重要な“ことがら”しか書かれていないのを実感できる。それと実際とを見比べていくと理解は深まるし新たな発見や知見、疑問も生まれてくる。旅とまでは行かなくても、日頃のベルトコンベア生活に刺激を与えてくれる散策はやめられない。もっと若い頃、例えば修学旅行のときにそれをしていたら、もう少し刺激に富んだ20代を過ごせていたように思う。


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唐招提寺と同じ飛角地円
簡素な三手先と対照的



大仏殿の裏手には、朝鮮の古い建造を大正時代に移築した観月堂がある。朝鮮のいつの時代かは書かれていなかったけど、丸材と角材の垂木で大体の時代を特定できた。少しばかり建築眼のレベルが上がったのかなと、気分は上々で次の目的地へ。とりあえずここで大仏ハイキングコースは終了。江ノ電長谷駅まで歩いて移動。途中、長谷寺経蔵内の木組みを見たい衝動を横目で流し抑えつつ、散策の終着地 鶴岡八幡宮へ歩みを進める。




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江ノ電にドア上の液晶TVはなんだかなぁ


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現在は立ち入りが禁止されている
一原有徳の企画展のときに、館内に入っておけたのは幸いだった



昨年度いっぱいで閉館した、神奈川県立近代美術館 通称「鎌倉館」の取り壊しニュースにはビックリしたけれど、建物を補強・補修して保存の方向で進んでいるらしくホッとしている。現在の様子はどんなだろうと寄り道をしてみたけれど、建物に宿る魂が抜けたような、急に老け込んだ表情になっていて淋しかった。また蓮の池の向こうに四角く凛々しい姿を見せてくれる日がくることを願って止まない。


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台風で倒れた階段脇の名物(隠れ討ち場所とも)だった大銀杏
これもまた悲しい出来事だったけれど、枝子がすくすく育っているみたいだ




八幡様にお参りに来たというよりは、色々確認しにきたような詣になってしまった。西に陽が傾いて、鎌倉の町が一層ノスタルジックに見える。僕の中では鎌倉には雨と紫陽花が似合うと思っているけれど、秋の空に、霞みざらつく町並みをこの場所から眺めるのも、歴史の表舞台からは沈んだ鎌倉な感じがしてきて哀愁が香ってくる。由比ヶ浜に真っ直ぐのびる若宮大路の眺めが素晴らしい。本宮への階段を登り楼門へ辿り着いたとき、なんとなくハウルの動く城のサリバン先生の場面と重なったのは何だったんだろう。



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何だったんだろうつながりで
鶴岡八幡入口三の鳥居脇にて



行きと同じく、表参道(で良いのかな?)の若宮大路を真っ直ぐ海に向かって歩き返し、二の鳥居をくぐったところで小町通りへ。この鳥居下では結婚式を挙げた新郎新婦が撮影をしていた。なるほど、広角レンズと段葛を上手く使うと相当に遠近感のある写真が撮られそうだ。思い返せば行きの大路歩きで感じた、下校する小学生と僕らのすれ違い幅が段々狭まってくるように感じられたのも段葛が原因なんだろう。

改めて教科書の「テストに出るよ、ここ用語」も大切だろうけど、実際に来て見て感じてみるのが体験として身に付くなぁと思った今日のハイキング+散策。ネットで情報がうじゃうじゃしている現代だからこそ、頭でっかちにならないように、たびたび実地に繰り出してみようと思う帰りの電車内だった。ちなみに、鎌倉駅から帰りのJRは混むと予想していたけれどその通り。ただ先頭車両は空いているのを、ホームに滑り込んでくる電車を眺めていて確認できたので、次回はそこを狙うことにしよう。ビブリアのイベントが開催中らしいことが判明したので、近いうちに友人を訪ねつつMisaoさんと再訪してみようと思う。




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by Tashinchu | 2016-10-24 17:00 | Sightseeing | Comments(0)

15082016

実際のところじっくり真剣に見たのは初めてだと思う。小さい頃に手をひかれて行ったのを微かに覚えているけれどそれきりで、一体どんな祭りで何が行われているのかは、隣の番地のことなのに知らないでいた。中学のときにこの祭りをモティーフにした人形を製作したことも、最近になるまですっかり忘れていたほどである。

「徳山の盆踊り」は、鹿ん舞・ヒーヤイ踊り・狂言からなるお祭りで、毎年8月15日に行われている。今回行ったのはウン十年ぶりだったが、子供のころに比べて明らかに人が減っているのが判った。国の重要文化財に指定されているけれど、今後、日本各地で小規模の伝統行事が消えていく・失われていくのだろうことが想像できるのは辛い。


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来年はこの盆踊りを解説した解説書を購入しよう。どんなものなのか、例えば狂言のストーリーは何なのかとか、そういったのを読んでから見るだけでも違ったものが得られそうな気がする。狂言の内容はとことん気になった。この地域のことを演じているのか、その辺を知りたい。刀を持ち舞う姿を写真は捉えているけれど、どんな場面なんだろう。



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鹿ん舞は、雄1匹雌2匹の鹿に扮した同地区の少年(中学生くらい)が、厄をはらい五穀豊穣を願う舞いなんだそう。中学にあがったときに、徳山地区(確か隣の地区の子も混じっていた)の同級生が、横浜かどこかで披露されるイベントへ参加するために学校を休んで出かけていったことを思い出す。自分の地区/番地も徳山の隣だが、小学校の学区が違うので鹿ん舞の役は回ってこない。これは町制施行前の各村の所在に因る。こういった歴史というか変遷も忘れ去られていくのだろう。



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このヒーヤイ踊りもストーリーを全く知らないので、解説書の出番となるだろう。まだ口頭でその内容を伝えてくれる年配者はいるのだろうか。当時の盆踊りがどんなものだったのか、文字では伺いえない空気感みたいなものが、まだそこにあるのであれば是非とも、と思った。この地区の女性は皆この踊りを踊れた時代があったんだろうなぁ。


見物の人数は減っていたけれど、写真愛好家の数が異様に多いことには驚いた。この舞台の正面は、とても立派な機材と重厚そうな三脚で半ば塞がれている、と言って良いほどのひしめき合い方で、舞台前は見物用なのか撮影会が開催中なのか判らなかった。まぁ、自分もカメラを引っさげて見物に行っているので殆ど変わりはないのだけれど、何か残しておきたい気分にさせるんだろうか、だったらビデオの方がいい気もするし、ただ、予想もしなかったカメラ集団がそこに居たことには心底驚いた。トーマスフェアの影響もあるのかも知れないし、ただ単に息子や娘の雄姿を写真にということだったのかも知れない。夏の祭りは色んな意味でドラマがある。


一度はLiveで見てみたかった鹿ん舞を堪能した後は、田舎の(奉納)花火を大井川河川敷で眺めて帰宅。スターマインという単語は死語に近いのかもしれないけれど、発数だけが取り上げられる大きな花火大会にはない静かな良さがあるように思う。「これはぁ~、○○(←地区名)~♪○○株式会社様のぉ、ご奉納~♪」と、ひとつひとつの花火に説明が加えられたあとに花火が打ち上がる。この独特の抑揚を持ったアナウンスも久しぶりに聞けた。

1発の花火は山々に何度も反響して、ゴォォォォォーと深い残響を広げていき、この余韻が消えてから次の花火が打ち上がるというような流れだ。宮沢賢治の作品に出てきそうな夜でもある。残念ながら昼間の通り雨の影響で、霧が出ており夜空に咲く花を見ることは出来なかったけれど、外灯少ない山奥の真っ暗闇が突如、爆音と共に赤や青、緑に明るく彩られていくさまは、この日しか味わえない贅沢なものだったと断言できる。




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by Tashinchu | 2016-08-15 20:00 | Events | Comments(0)

24012016

所用で降り立った西日暮里駅へ戻ると、そこから日暮里駅までをぶらつくことにした。時間はまだたっぷりあるので上野辺りまで歩いていく予定だったが、一駅だけになってしまったのには理由がある。谷根千まで出てしまったわけではなく、年が明けてから読み始めた本「仏教美術入門 一目で見る仏像の生い立ち(佐和流研著)」が非常にタイムリーだったためだ。山手線で一駅分に2時間も費やしてしまうと、次の予定に間に合わなくなってしまうのは当然だろう。


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明王さまにも沢山種類があって、名前はもちろんその始まりや仕事(役割)もそれぞれに違う。判別できるほどにはなってないので、もう一度読み返す必要がありそうだ。六地蔵さまも沢山おられて、なかなか足が進まない。





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更には、富士見坂。案内看板を読んでみると、その昔にはどうやらここから富士山が見えたらしい。すると近所のおじいさんが色々説明までしてくれて「あのビルとあのビルの間辺りに、こんな感じで顔を出してくれていたんだよなぁ~。」なんて、感慨深げに当時を思い出しつつ話してくれるものだから、これまた足が止まってしまうのである。ただ、今では見えない富士を想像しながらみる坂からの景色は、その出会いが無ければただの看板とまりだった訳で、ぶらぶら歩くのもやはり楽しい。


日暮里までようやく出てきて、最後のお寺の参門に残る弾痕を見つける。上野戦争という単語は初めて聞く。京都もそうだが、東京も歴史があって沢山の史跡が残っている。特に山手線の東側は今後たくさん歩いてみたいという思いを一層強くしたこの日だった。
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by Tashinchu | 2016-01-24 13:30 | Sightseeing | Comments(0)

07112015

Canmore時代のお隣さんであり山もギターも写真も何かと一緒にやっていた、友人のWeddingにカメラマンとして出席した。偶然なのか、僕らの日本での入籍日もこの日で、一応の先輩夫婦としては嬉しい限りである。いつもは一眼レフとレンズだけが入っていくバッグに、久々に入れてもらえたフラッシュと三脚達が、心なしか輝いているように見えるのは嘘じゃぁない気がする。

この日は七五三(は翌週末が本番みたい)とも重なって、沢山の参拝客で賑わっていた。天気が唯一の心配だったけれど、一滴の雨にも降られずに夜まで進んでくれた。Hiro君と活動するときは基本絶対に良い方向に進んで行くから素晴らしい。


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久々にHiro君のお母さんにも会えたしChiakiちゃんはホント美しかったし、1日を通して幸せを分けてもらえた感じがする。肝心の写真も少しばかり詰めが甘い(ピントや構図・写り込み)ところもあったけれど、2人に喜んでもらえて本当に良かったし一安心と言った感じ。

翌日は空港まで見送りに行った。奇遇にも僕らが日本へ経つときは、彼らが見送り(+荷物運びまで)をしてくれて、その時はTim Hortonsのコーヒーとドーナツを食べたのを思い出した。今回は写真のデータの補完等々があったのも理由としてあるけれど、ギリギリまで濃い時間を過ごすことができて嬉しかった。来年も帰ってくるみたいだし、多分来年は僕らもカナダへ行く予定があるので、またその時に色々話をしよう。

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by Tashinchu | 2015-11-07 15:00 | Events | Comments(0)

23062015

刃物は切れるほうが良い。鍛冶屋を見せていただく機会に恵まれた。

何となくではあったが、刃物にも優劣や品質の差があることは知っていた。ここを訪れて、木工でやっていくならしっかりと銘の入った刃物をそろえるのが、正解ということに気持ちが落ち着いた。今は量産の刃物を使用しているけれど、最初の裏面出しから手こずることばかりで、表と裏を平らにそろえるところから苦労を要している。量産品は、何かを犠牲にというか我慢して得られる、手軽さと低価格があることは重々承知である。良いものはやはり良いのだ。

価格まだ自分の欲しい刃物の形すらおぼろげ程度にしかイメイジできないので、まだ即座に注文とはならない(懐具合も、、、)けれど、ゆくゆくは鋼の種類や量を指定して、更には地金に関しても自分でこだわって鉄を探してきて、用途に合った1本1本を鍛えていただこうと心に決めたのだった。

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鋼と鉄の鍛接・鍛錬 → 焼きなまし → 成形(裏すき含) → 焼き入れ → 成形 → 焼き戻し → 成形 → 研ぎ


非常に多くの工程をひとつひとつ経て刃物が完成する。鋼と鉄の接着は木材接ぎに通ずる部分があったし、細かなところにまで気を抜かず、また、入れるところにも同じものを感じた。一見すると物で溢れているように見えた建物内は、実は巧妙にオーガナイズされていたことにニヤリ。鍛冶職人の動きには無駄がなく、工程毎に毎回片づけが付属しているところも見逃せない。そういった部分は身につけたいし、むしろ体に浸み込ませてしまいたいものである。



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by Tashinchu | 2015-06-23 13:30 | Instruments | Comments(0)

05052015

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夜には月と土星の大接近が見られたこどもの日。写真にもおさめたけれど、等倍で拡大すると土星の環が写っているのに驚いた。800mm(E-5につけたら1600mm!)のミラーレンズが欲しくなったりするのである。



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by Tashinchu | 2015-05-05 12:00 | MISC. | Comments(0)

26042015

戦後70年が言われている。70年はある意味で100年よりも、如実に何かを仕切ってしまう年月を秘めているような気がしないでもない。100年は区切りがいいけれど100年を生きる人間はまだまだ少ない。100年の歴史をそのまま経験として持ちつつ伝えていくのは困難なことだと思うからで、寿命を考えた場合に還暦の60や平均寿命の70-80歳前後は実質的な(世代交代)期間にならないだろうかと思うことがあった。

ここで戦後70年を改めて感じてみると、戦争を知る世代が少なくなって来ているのは事実で、戦争体験をどのように伝えていくかが色々と社会を賑わす場面に遭遇する。他にも、

はだしのゲンの閲覧問題
東日本大震災と原発問題
特定秘密保護法
集団的自衛権(←この単語を作った人は相当頭が良いけれど、この単語はすこぶる嫌い!)
積極的平和主義
憲法解釈の変更・憲法改正
沖縄基地問題
従軍慰安婦

など、にわかに色んなことが変わろうというか動いているのが良く判る。これは多分70年が起因しているように思う。なんでさっきから70年70年といっているかというと、また面白い偶然的数字を見つけてしまったからだ。まぁ既に知っているというか当たり前のことなのかもしれないけれど。

戦中戦後を1940年代とすると、そこから70年を遡った西暦は1870年代となる。大学センター試験で日本史を選択していた人(以外でもだけど)なら直ぐ気付くだろう1870年代の日本、それは幕末~明治維新の時代である。明治から終戦までと終戦から現在までがほぼ同じ年月というところに驚く。江戸時代を知る人が少なくなって戦争に突入していったと考えるのは強引過ぎるけれど、戦争を知る世代が少なくなってまた同じように大きな変化が起きているような感じがしないでもない。そんなことを感じながら市議会議員選挙の投票を済ませてきた。

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投票所の学校にある花壇で足をとめる



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by Tashinchu | 2015-04-26 11:30 | MISC. | Comments(0)

19102014

日和田山ハイキング後は、そのまま5人で川越にて開催中の川越祭りへ足を運んだ。気温も穏やかで天気の良い週末だったこともあって、駅到着から見渡す限りのひと・ヒト・人。前へ進むのも一苦労で、昼間の山にも夕刻の街にも人が溢れている。ハイキングを終えたお腹と両目が、屋台の文字を逐一追ってしまうので少しばかり腹ごしらえをしながら、祭り情緒を楽しみつつ予約していたイタリアンで夕食。気の合う仲間と登って巡って、楽しい1日となった。

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by Tashinchu | 2014-10-19 18:30 | Events | Comments(0)

16062014

ドーナツを作る機械が家に初めてやってきて、それで初めてドーナツを揚げたときの感動を今でも覚えている。生地に穴を開けるものではなく、ホットケーキ生地のようなどろどろしたタネがそのまま、熱した油へ投入されていくようデザインだった。いま思えば、それをホットケーキや他の料理にも使えたのではないかとも思うけれど、まだあるのだろうか。

日本のドーナツ屋さんといえばミスドだが、カナダのドーナツ(というよりはコーヒー屋というイメイジがあるけれど)はTim Hortonsだろう。Timmy'sという愛称があるくらいだ。日本のスイーツのように繊細で奥行きのある味や食感は全くないが、ふと無性に食べたくなるのがTim Bitsと呼ばれるピンポン玉くらいのドーナツで、今回カナダ在住の友人が帰国に併せて購入してきてくれた。


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左がTim Bitsでチョコ、シナモン、ベリーなどの味がある


彼らが帰国して間もないこの日、あつかましくも早速Tim Bitsの回収も兼ねてお隣の町東久留米市へと出かけた。直線距離にして8kmしかないが、西武線を3回乗り換えて1時間ちょっとも掛かってしまうのが東京23区外のミステリーといったところか。ミスドのドーナツを御土産に携えて、W杯も行なわれているのでドーナツ対決日本vsカナダをやってみた。が、味も歯ごたえも明らかに日本の勝利である。初めから判りきったことではあるのだが、Tim Bitsのカスッカスの感じが妙に昔を感じさせてくれていい。また今回のTim Bitsは保存の為冷凍庫に入っており、この日は暑かったこともあって冷やしTim Bitsでもイケることが判明したのが最大の発見だった。

今回、ミスドと比べてみてTim Hortonsの味付けはストレートなことに気付く。日本は、やれマンゴーだの何とかテイストの何とか風味だのと変化球が多いが、Tim Bitsのテイストはブレずに真っ直ぐである。無頓着な北米の舌がそうさせているのか、日本の舌がこだわりすぎなのか。でもポテトの味付けはカナダのほうが色々とあって(と言っても肉肉しいが)、日本にはない味があったりするのが割り切れないところではある。この夏、クールポンデリングにチャレンジしてみようと思うのだった。





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すっかりお姫様になっていたナリちゃん


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初登場のセイちゃんは既にこのポーズ




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by Tashinchu | 2014-06-16 13:30 | Events | Comments(0)