音・岩・光

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23012017

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宇田川直寛 個展「Assembly」へ。
何だろな、どうも京王井の頭線は苦手である。
渋谷ー下北沢ー吉祥寺といった、お洒落な街を結んでいるのが原因ではないかと思われる。

池ノ上駅から歩いて数分のところにある、QUIET NOISEが会場で、またここもいい感じの雰囲気がプンプンしている。ときたま通過していく電車の音と微かな振動が心地よかった。

宇田川さんは全く面識がないのだけれど、いつも聴いているポッドキャストのパーソナリティをしていて、この個展の紹介をしていたのでやってきた。
彼は写真家で欧州でグループ展をやったりしていて、一度どんな感じの作品なのかを見たかったのと、声しか知らないのでどんな人なんだろうという興味があってのこの日。

インスタレーションの展示は会場の隅々まで広がっていて、本人と直接話ができる時間もあって、聞くところによるとその辺に落ちているゴミや作品の制作・設営時の痕跡までが全体の一部になっているそうだ。
写真を切り貼りして作品を完成させていく手法をとっており、それを構築するためのミニ模型というか構想・イメージ案も完成形に組み込まれていて、宇田川さんの頭の中がどんな風に目の前に浮かび上がる空間を築き上げて行ったかが想像できるようになっており、これは全く新しい体験をさせてもらった。

ポッドキャスト内のものいいを聞く限り、結構自分とも近いような感覚を有している気がしていたけれど、短い間だけど直接会って話をしてみて、どうやらそんな感じで間違いなさそうな感じがした。
ガチッと決めたいという真面目さと雁字がらめになることを嫌う緩さが、交互に、もしくは渾然一体となった感じの人物像、と言った感じで、「適当」と「テキトー」を内包しているのは親近感が沸いた。初めて会ったけれど、そんな感じがしなかったのはポッドキャストのお陰だけではないと、僕自身は勝手に思っている。


今後も番組や写真展を楽しみにしようと思う。

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by Tashinchu | 2017-01-23 14:00 | Photograph | Comments(0)

16012017

「植村直己 極地の撮影術」展へ。

品川駅から徒歩10分弱のところにニコンミュージアムがある。新宿にはニコンプラザがあって、Nikonさんって(Canonもそうなんだろうけど)大手なんだなぁと思う。そのミュージアムの一角で植村さんの機材や作品が展示されていて、無料で入場できるのであれば行くしかないだろう。目当ては機材だったけれど、写真のもつエネルギーが凄くて1時間くらいそのエリアを行ったり来たりしていた。

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Nikon F2 Titanium Uemura Special(上写真)が作られた所以は、1976年の12,000Kmに及ぶ北極圏走破の際にカメラが駄目になってしまい、撮影が出来なかったことによると説明されていた。「役に立たなくなったカメラを犬達が運ぶのがかわいそうだった」という植村さんの思いを背に、Nikonが完成させたこのF2。一番の見所は、フィルムの巻上げ回転方向が通常のものと逆という仕様で、これは寒さによるフィルムの割れを防止するのに一役かっているようだ。カメラを正面からしか見られないので、その部分を見られないのが残念だったけれど。どんな風にくるくる回るのか見てみたい。

レンズは50mmF2と28mmF2.8。シリアルナンバーも確認できた。近しい番号の中古レンズが市場に出ていないだろうか。同じ日に製造された(であろう)レンズが手元にある所有感。ミーハーな私にはそれだけで充分なのでした。

もうひとつ、小さな仕様の変更点で気になったことがあったので、受付のスタッフに聞いてみると丁寧に対応してくれて、技術部なのか総務につないで確認を取ってくれた。変更点というのは、「フィルムカウンターの31以降を白字から赤字に変更」と説明されていた部分で、これがサッパリ判らなかった。36枚フィルムの場合36だけ赤字にすれば事足りると思うのだけれど、回答は「-50度では、フィルムを撮影可能な枚数の最後まで撮ってしまうと、フィルムが平らになってしまいそこから割れてきてしまうためうため、それを防止するため31枚目辺りでそろそろ撮影を終了して巻き上げてください、というのが判るように31以降は赤字にした」とのこと。

40枚撮りくらいの長さにフィルムをして通常の文字色にする方法も、きっと検討されたのでは思うけれど赤字が採用されているのだから、難しい面があったことが伺える。頭の中で思い浮かべてみたけれど、どの部分が千切れてきやすいのだろう。順巻きに変更された巻き上げ方向からして、フィルムパトローネ内のところなのかなと想像した。最後になればなるほどフィルムが巻かれたRはきつくなる訳で、それを-50度以下の極地で一旦伸ばして、また直ぐに巻き上げると切れてしまいそうな気がしないでもない。フィルム押さえローラーも増設されており、平面性を更に保つ改造が行なわれていたし、まぁ、もしかしたらテレンプのところから割けるのかも知れないけれど、あとあとになってこの疑問に当たったので、また質問しに行ってみようと思う。


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このアイディアは盗んでしまおう。こういう工夫は人を幸せにすると思う。先ずは溶接にも溶けない、しっかりとした小型雲台を探すことから始めないといけないのは、強化プラスチックやカーボンなどが蔓延する現在の市場がそうさせているような気がする。アルミと鉄は今の技術があれば溶接できるのかなぁ。アルミ雲台探しもいいけど、自作になるのか。。。

写真の下に見えている露出計。植村さんの写真が素晴らしかったのは、過酷な状況下でも適正露出がしっかりと出されていたことだろうか。露出計は2つ展示されていたことからもそれが伺える。自作雲台といい、植村さんはかなりのメカ好きだったのではないかと想像できる。無線機の展示でもそれをウンと妄想することができた。誰も居ない極地で、自分の名前の入ったスペシャル仕様のカメラに、自作の雲台付きプライヤーで撮影、なんて、そう考えると最高のロケーションと自撮り棒のコンビネーションじゃないですか!


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Tobogganに載った極地冒険の機材。なんだか嬉しかったのは経由地がバンクーバーだったこと。まぁそうなる訳なんだけど、Tim Hortonsキャンプ時代に、カナダ準州出身のJr.レンジャーがやってきたときにTobogganそりをチームプレーで製作したことや、その準州へオーロラを観に独り車を走らせたこと、カルガリー/バンクーバー間20時間往復弾丸五輪観光とか色々思い出して、思い立ったらとりあえずやってみるっていう感覚を、ずっと持ち続けたのが植村直己さんだったんだなと強く感じた。スケールは小さいけれど、若い頃にそういう風に、自分も思い立ったらって言うのをやっておいて良かったなぁとも思う。


残念ながら植村さんの撮影した写真は、撮影禁止だったので載せられないけれど、引き伸ばされたあの風景を見ていると冒険がしたくなるうずうずを絶対に感じられると思う。実家にあるであろう彼の手記をもう一度読み返してみたくなる時間だった。



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by Tashinchu | 2017-01-16 14:00 | Museum | Comments(0)

06012017

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そろそろ冬休みも終わっているはずなので、平日に行けば混み合うことはないだろうという目論見のもと、静岡市美術館で開催中のスタジオジブリレイアウト展へ。17時くらいに到着してそこから閉館の19時まで、たっぷり2時間弱を過ごした。読みは的中、1つのエリアに自分とあと数人くらいだけの静かな時間を満喫できた。いつも招待券をありがとうございます。

自分はいくつかの絵コンテ集を持っていて、そこに描かれている情報量を生み出すだけでも相当な時間を要していることは知っていたつもりだったけれど、絵コンテでまずストーリーができ、このレイアウトでアニメーションの動きが生み出されるらしく、絵コンテが全部を補完するものという位置づけではないようだ。つまり、作者は絵コンテで1回、このレイアウトでもう一度同じ場面を描くことにもなる。鈴木敏夫さんの話(ジブリ汗まみれの教科書ハウルの回)によると、宮さん(←彼は宮崎駿さんをそう呼ぶ)は1カット5秒前後の設定で描くんだそうで、それが約2時間前後の映画になる訳だから、単純計算で「7,200秒(120分)÷5秒=1,440カット」を絵コンテとレイアウトで2回描いていることになる(実際は2時間に抑えようとして描いているのではないけれど)。他にも、イメージボードに始まり、登場人物や背景に加え、色彩設定などもやっている訳だから監督の仕事は果てしない。同著者の「仕事道楽 新版」を今読んでいるけど、そこからも同じことを読み取れる。夢中になるのは素晴らしい。遊びだからという側面もあるのだろう。

展示されているレイアウト原画の右上に書かれていたカット表示は殆どの作品で1,000枚を超えており、見つけた中で最大だったのはもののけ姫で1669カットだった。ラピュタが1612、千と千尋が1379、ハウルが1378などなど、しかもこれらは最後のカット画ではないはずで、これ以上を描いていると推測できる。いやはや、7,200秒の道も1枚からとはいえ、このレイアウトの右上の数字だけでも頭が下がる思いで鑑賞は進んでいった。絵コンテ集にもカット数表示はあるんだけど、そういうことには頭が回らなかったなぁ、当時。実物をみて気付くことは沢山あるし、やっぱり本物を実際に見るのは大事なんだなと実感。


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イントロが終わってからの最初の展示は風の谷のナウシカ。ここで最初に感動したのは、レイアウト用紙の左上がTOP CRAFTになっていたことだろう。映画ナウシカを製作しようとしたものの、テレコムアニメーションフィルムに断られた(では出来なかった)んだよなぁ、なんてことを垣間見られたりして、まさにこの展示会の謳い文句である「レイアウトを読み解くと、アニメーションの動きが見える。」を体感した瞬間だったように思う。←レイアウト用紙からジブリアニメーションの変遷(動き)が見えた!という曲解です。

この制作会社の変遷は、何かの確認の為に押された印にも表れていて、ナウシカのレイアウト用紙には「株式会社トップクラフト」の捺印があり、その次のラピュタでは「(株)スタジオジブリ」の印に変わっているところでも確認できる。レイアウト用紙の左上は、ラピュタではSTUDIO GHIBLI変わっていることでも判る。レイアウトは語る、である。

本人が描いた絵や線以外の脇役の部分にも注目して見ていくのは楽しいんだけど、他の情報も見るので根気がいるし集中力が最後まで続かず、まだ見ていない風立ちぬ以降はネタバレが嫌でほぼ素通りしてしまった。とどめは千と千尋の神隠しのエリアだったように思う。それまでは普通の展示会のように、レイアウト画が横並びに10数点並んでいるのを見ていく感じだったのが、部屋全体に、しかも天井付近までレイアウトが何百枚も貼り出されているのを見たら意欲はプチンと切れてしまうものです、私の場合。説明書にも“1点1点ゆっくりご覧いただきますと2時間以上かかりますので、余力を残しつつご観覧ください。”と書いてあるのは後で気がづいた。。。


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一番グッときたのは、風の谷のナウシカのC880の線画だった。これは芸術作品だと思う。ナウシカの原作の為に7巻もの大作を描きあげ、それ以前、それ以降もずっと描き続けている宮崎駿さんは、ともすると地球全体を黒く塗り潰すことが出来るくらいの面積を鉛筆で引いているのではないかと思う。ジブリ以前には、青春を捧げたと本人が言っている高畑監督と、テレビアニメのハイジや母を訪ねて、赤毛のアン他などのレイアウトも全部自分でしているし、この2人と鈴木敏夫さんと関わることが出来た人達は沢山の影響や刺激を受けたんではないだろうかとか、そんなところにまで思いは飛躍していった。

その高畑勲さんのレイアウトも勿論展示されていて、火垂るの墓やおもひでぽろぽろの他に最新作のかぐや姫の物語(やはり素通り)などもあった。気付くのは宮崎さんと高畑さんの画角や目線の違いで、これは実際の映画を観ていてもわかるんだけど、その切り取られたイメージを何を意識して生成していくかによる差があるのではないかと思われる。展示されたレイアウトを見る限り、高畑さんはあまり顔のアップが見られないが、対照的に宮崎さんは人物を画面いっぱいに配したアップがあったりする。宮崎さんは登場人物にシンクロして描いていく人だと思うので、そういう部分でこのキャラクターを見て欲しい的な意識が働いているのではないかとも思われる。

高畑さんは風景の構成にうるさい感じの描き方がされているように思う。これは徹底したリアリズムであり完全主義がそうさせているはずだ。理論整然とした性格がそうさせているのかも知れない。うるさいというのは、嘘は許さないぞの裏返しという意味で、火垂るのレイアウトでは部屋の背景が克明に全て描かれたその後に、手前に来る人物を描くため、消しゴムで背景を消して人を配置した1枚があったところからも推測できる。縦横に水平・垂直基準線みたいなものが、上手く忍び込ませて描かれているレイアウトも数点あったり、高畑さんの写実は本物を描くんだという姿勢が見られるような印象を受けた。鈴木さんがこれを読んだらふーんってな具合にクスッとされるだろうけど。

宮崎さんはつまりはファンタジーなんだと思う。画角で言うと135mmフィルムで35mmくらいのことが多い。んだけど、これが曲者で、準広角なんだけど実際の見え方からするとパースがとにかく歪に働いていて、でもそれが違和感なく描きこまれている感じ。背景の被写体(例えば建物)がそのくらいの位置にあったときに、35mmではそんなに近くに見えるようにはならないけれどそうなる、と言ったような。逆に高畑さんの画角は35mmなら35mmの見え方、50mmなら50mmそのものといった具合で、写真を見ているようでもある。この辺の差をオリジナルのレイアウト用紙からチラ見できただけでも嬉しくて仕方がなかった。

ジブリ製作の映画だけではなく、TVアニメのレイアウトも後半戦で展示されていて、未来少年コナンや名探偵ホームズ、ルパン三世のレイアウトが見られたのも嬉しかった。ハイジのレイアウトが特に素晴らしかった。迷いのないほぼ一筆書きのハイジの表情を見ていると、ダリの素描をみていたときに感じたような、躍動感とエネルギーをそこに感じて、何か得体の知れないパワーをもらったような気になった。

だらだらと書いてしまったけど、まだまだ語りつくせないくらいの興味深い情報や感動を得た今回のレイアウト展。もう一度行けるなら音声案内をお供に、後半戦にも“余力を残して”鑑賞してみたい。




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by Tashinchu | 2017-01-06 17:00 | Museum | Comments(0)

25122016

DIALOG IN THE DARKへ。

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1988年のドイツで産声をあげたダイアログ・イン・ザ・ダーク。哲学博士のアンドレアス・ハイネッケ氏が発案した暗闇体験イベントは今では全世界で開催されているらしく、最近ふとしたことから知ったのだけど、Misaoさんからの僕への誕生日デートコースとしてこの日に組み込まれていた。

ここからはある意味で若干のネタバレになってしまう(ので注意!)けれど、暗闇の中へ8人のグループを組んで入り、ガイド役のアテンド(も含め計9名)と約90分間を共に過ごすのがこのDIDの主旨で、如何に視覚に頼って自分が生きているかを暗闇という媒体によって知ることが出来る。暗闇によってもたらされるのはそれだけではなく、この日に初めて会った8人の結束の速度であり、視覚障害者が普段何を思って生活しているのか、それに対して自分はどう接しようとする(というよりは時間と空間を共有する)と、より深いところで理解しあえるのかを考えるきっかけになった。この感覚は、言葉が違うカナダで自分がどう周りと接していくかを考えたときと同じようなもので、異文化コミュニケーションそのものだったと断言できる。

もともとDIDへ来る前から知っていたけれど、アテンドが視覚障害者というのが素晴らしいコンセプトだと感じられた。そういう意識で普段の生活している訳ではないけれど、彼らは何かしらの助けを必要としているように自分が無意識に反応しているのは認めざるを得ない。これが入口から逆転する。与えている側と受動している側という線引きも曖昧だし、そういう難しいことを抜きにして、一緒に楽しく空間と時間を共有できたら純粋に楽しいよねという感じだろうか。区別することが如何に無意味かが判る瞬間でもあった。

自分も白杖を持って暗闇の部屋を進んで行くと、3部屋目で光が完全に無くなり、ここからいよいよDIDのプラットフォームが幕を開ける。「暗闇のエキスパート」と紹介があったアテンドの声が、文字通りこの空間の中では頼りになることこの上なし。感動すら覚えたほどだった。

最初の薄明かりの部屋で説明を受けていたときに、アテンドは「声を出している人が、①どの位置にいて、②どれくらい自分から離れていて、③どんな姿勢かも判る。」と話してくれた。①②は想像できるとして、③までホントに判るんかい!?とちょっぴり信じられなかったけれど、これが以外にも判るようになって(きた辺りで90分が終了。。。)きて、自分にもそういう眠っているというか使われていない感覚器官があるんだなぁとしみじみ。最後の方は暗闇が愛おしくなってきて、光のある場所へ戻るのが躊躇われる、楽しいことだけを続けたい子どものような反応をみせていた。

どんなにモノを見ようとしても見えないことに自分が納得すると、五感の一角である視覚を自分が切り離す場面に遭遇できる。するとまず、自分がどのくらいの容積空間にいるのかが判るようになってくる。こういう小さな発見(=感覚の鮮鋭化)を体感すると、自分も少しだけではあるけれど暗闇のエキスパートに近づくことができるようになり、それが更に次の感覚の目覚めに寄与してくるようになる。自分の内面でこれの繰り返しを進めていくことになるのだけれど、他の8人とのコミュニケーションも必要不可欠で、声を出し合って現状報告をしてみたり手を取り合って歩みを進めてみたりが続く。初めて会ったにも関わらず、触れることにも触れられることにも全く違和感を感じないのは、まさしく暗闇の成せる業なのだろう。進入社員研修でここが使われる理由も良く判る、特に東京という土地では。暗闇と対話し相手と対話しているこの現状は、インターネットを介して姿の見えない第3者と交流することとなんら変わりはないように思われるけど、と不思議に感じられた。

最後にもうひとつ。時間の感覚が物凄く速く感じられたのが印象に残っている。最後の部屋では、食事や飲み物も買うことが出来るので、是非1,000円札をポケットに入れて暗闇に進んで行って欲しい。見えすぎて困る、何か変化が欲しいなと思うときに足を運んでみて欲しい。

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by Tashinchu | 2016-12-25 11:00 | Amusement | Comments(0)

27112016

この日は色々忙しい。天気予報が午後から崩れると言っているので、4人展をあとにして今度はデザフェスへ急ぐ。乗り換え駅の豊洲で痺れを切らしたかのように雨が落ちてきた。初めて乗るゆりかもめに興奮冷めやらぬ私。話題になっている豊洲市場は誰もいなくて、モノレールの特徴でもある架線設備がなく遮るものが何もない上から目線が、より一層に無人の市場を傍観者的視点で映し出す手助けをしているように思えた。




この日のMisaoさんは、バルセロナ・パビリオンを見る前と後と同じような反応をしていて安心した。日本全国からプロ・アマ問わず色んなアイディアや作品が何百と集まってフェスティバルを開催するこのイベント。時間は既に夕刻差し迫ったころで最終日だったけど、まだまだ会場は熱気に溢れていたように思う。デザインの色々を見に来たのもあったけど、自分的な裏目標は「いつも聴いてるポッドキャストのパーソナリティに会いに行く!」で、フォローしているTwitterでつぶやかれているブースへとりあえず足を進めた。


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宇宙や技術・テクノロジーが大好きなこの方は、このデザフェスで科学Tシャツを販売している。物理公式・化学式のプリントされたものや、天気記号・台風進路がプリントされたTシャツなどなどがあり、何かひとつ自分も買おうかなと思っていたところに、ベストな1枚が出てきた。


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Lactic acid、日本語で「乳酸」。こういうTシャツは、お洒落としてではなくある目的や意思表示をもって着るようなシチュエーションはなかなかないと思うけれど、これほどまでにある狭義の中で光り輝く瞬間を持っていることはないと思う。


クライミング!


このTシャツを着てジムや外岩に行けば、PatagoniaがとかThe North FaceなどのアウトドアブランドがとかではなくこのLactic acidについて声をかけてきた人は、確実にクライミングを愛し化学にも傾倒していることが一瞬にして判ってしまうという素敵なTシャツである。しかも、テンションしたときの言い訳もバッチリ、「このTシャツに乳酸て書いてあるんだから」がまかり通ってしまうこと(はまずない)間違いなし。

本人はそんなこと知る由もなしだろうけど、好評プロフィールの180数cm通り、大きくてプロフ写真そのままで安心した。でも肝心の声が違うように思えたのは何故だろう。

第一目的を果たした後は会場内をぶらぶら散策。絵やモノが多かったけれど、度肝を抜かれるアイディアや視点があったりで写真に続いて刺激を沢山もらうことが出来た。閉まっているアイディアがあるので、来年くらいに出店してみようかなと思う。

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by Tashinchu | 2016-11-27 17:00 | Amusement | Comments(0)

27112016

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4人展「TRAVERSE」へ。

写真はプリントして、人に見てもらって完成する。

Kensukeさんの写真は漆喰の紙に写真を1mほどに伸ばして展示されていた。

写真家と直接会って、色々話を聞けるのは非常に刺激になる。
4人展の中のひとり、中川さんにも写真のエピソードを聞くことが出来た。

ある程度までしっかりと技術があって知識がある人の作品を、本人を交えて色々話できるのは作品の裏側の様子も知れる至福の時間。
ミュージシャンに曲が出来た当時の製作過程を聞いているときであり、クライマーに新ルート登攀時のドラマを聞いているときもそう、自分がまるでその場所にいたかのように感じることが出来る。これはその写真や曲・ルートのクオリティが高いことが前提条件で、最近は質の高い写真を、とかくプリントされたものを見る機会が無かっただけに、興奮しまくりの数時間だった。

Kensukeさんのポートフォリオが贅沢にも3冊あり、これも同じく近況であり撮影当時の裏話を聞きながらページをめくる時間。世界を(市街地というよりは山岳に偏っているけど)旅している彼の写真は、場所は当たり前だけど違っていて、気候や風土・陽の射しかたなどが違うのに色が統一されているのは、やはり自身の中に表現したい色がしっかりとあるからなんだろうと思う。

三脚も立てずに車の窓越しからあんな写真を撮られては、自分はどうしろというのだろう。。。というのがこの会場で味わった喜びとは正反対の感情だった。そういう瞬間をこうして写真で見られるのは願ってもないことで非常に喜ばしいんだけどね。

カメラとプリンタが欲しくなった。
余談だけど、1,200万画素を600dpiでプリントするとA4以下に収まってしまう世の中に技術は進歩していたことに驚く。自分が持っているカメラは1,200万ちょっと、欲しいカメラも1,200万ちょっと。でもA3にはプリントしたいし、、、2,400万にしておいた方が良いのかなぁ、とか色々考えてしまった。



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by Tashinchu | 2016-11-27 12:00 | Events | Comments(0)

14112016

今にも雨粒が落ちてきそうな月曜日ではあったものの、立川を出発してもまだ持ちこたえてくれている印象ではあった。もともとフリースを手に入れる手筈なので薄着で来ており、それを着込んで電車に乗っていると今度は汗ばむくらいで、今冬は大活躍してくれそうな予感がしながら、次のTo Doリストである21_21デザインサイトへ「デザインの解剖展」を見に進んだ。何度も訪れているこの会場は六本木にあるはずなのに、何故かこの日に限って銀座にあるもんだと思い込んでいて、到着してから銀座ということに気付いて悶々としてしまった。でも、来てしまったのであれば、次回以降に来ようと思っていたIt’s a SONY展へ行ってしまえば良いかということで、SONYビルへ。


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例え雨が降っていても、地下道からそのままビルへ接続できる



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このビデオテープは良く使っていたなぁ


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子供のころ使った記憶があるWALKMAN
実家のはベルトが切れてテープが回らない



入場無料なのが嬉しい。そして事前チェックで気になっていたSONY製品のガチャガチャ(カプセル玩具)もちゃんとあったけれど、既に当日の予定個数は販売完了ということで、きっと1人が何回も何回も回してしまったんだろうなと残念な気分になる。後日1人1回のルールが出来たそう。

SONYが電気炊飯器を、しかもおひつ型をした木製のものを作っていたことや、その他色々発見や懐古の情を呼び起こす展示が沢山あって、間違えて銀座まで来てしまったけれど結果All Rightな感じでビルを後にした。





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公共機関が発達しているなぁと思う都心部。車がなくても生活できてしまうけど、事故や停電をはじめ自然災害などが起きるととにかく脆いのも事実、などと考えながら六本木に到着。いつもながら、地下鉄から地上へ出てくると東西南北がさっぱり判らない、生物本能を滅多打ちにするあの気持ち悪さをここでも味わった。開発が多いことや都心にはあまり来ないこともあって、見慣れた風景なんてそこには無いんだけれど、とりあえず雨だけはまだ降っていないのを救いだと思うことにした。


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「Meiji きのこの山」のジオラマ
パッケージに描かれたものを遠近法などを照らし合わせて3次元に再現している
手前の林と家々・後ろの山との距離感があらわになっている



商品タイトルにあるフォントの「の」は、実は大きさが違うことを初めて知った。こんな風に、いくつかの商品をとにかく解剖しまくっている解剖展。きのこの山のスナック部分の焼き色の違いや、チョコへの刺さり(埋め込まれ)具合の統計をとってみたりと、様々な角度からそれぞれの商品を解剖していて、その視点の面白さもさることながら、めっぽうなくらいに文字が多く各々の商品解剖に説明ボードが30ほどもあって、全て読んだら小説1冊分以上に相当しそうなくらいだった。SONY展で時間を使っているので、時間が足りないことは最初のきのこの山エリアで直ぐに判ったので、また時間がウンとあるときに商品を持参して朝から挑んでみようと思う。




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紙パッケージとラッピングの仕様を輪切りの観点から展示
直径で2mくらいあり、実際にこれだけアイスがあったらかなり嬉しい





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こちらはブルガリアヨーグルトはスプーン何倍分か、またすくう量との関係を展示



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この文字量
これが各々の解剖で30本ほどそびえ立っている





他には、おいしい牛乳と明治のチョコレートなども解剖されていて、チョコを包んでいる銀紙の展開図と折り線が示されていたり、ここまで追求するかという勢いで見ごたえと読みごたえは充分だった。時間は充分ではないので、なんとか時間を作って再訪したいと思う。ひと通り見終わって会場を後にすると雨が降っていた。流石に雨もこんな時間までは待ってはくれなかったようで、天気予報どおりだった。

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by Tashinchu | 2016-11-14 13:00 | Museum | Comments(0)

26092016

地球を西に行くのと東に行くのでは、僕の場合西へ行く方が時差ボケの解消度は悪い、と感じる。北米から戻る、あるいは欧州へ行くのはちょっと大変で、そんなこともあって、帰国翌日は自らに活動を与えて時差を乗り切ろうと、前売りでチケットを購入しているし、国立新美術館で開催中のダリ展へ足を運んでみようかということに。膀胱薬のDARITENではない。六本木の美術館は月曜定休じゃないところが多いので助かる。21_21もそうで、10月中旬から開催される「デザインの解剖展」にも平日に行けるのが嬉しい。

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平日とはいうものの流石はTOKYO。会場には沢山の人が居て、前日に引き続き人酔いしそうな感じだった。入口は空いているように見えるけれど、これは閉館近くに撮ったもの。人が多いから企画展が出来るのは判るけど、もう少しじっくり作品を鑑賞、もしくは向き合うことが出来たら良いんだけどなぁ。そしてメモを取ると、すかさずスタッフのチェックが入るあの感じもいただけない。隣の男性がペンでメモをとっていたら「鉛筆で」だそうな。フィゲラスのダリ美術館は写真はOKだったし、スケッチもしてる人はいたし、子ども達が課外授業でワイワイやっていたし、ダリ本人も「もっと自由でいいから!」とか言ってそうな感じがした。

M+Mが大好きなダリなので、今回は奮発して2人とも音声ガイドをレンタル。ハッキリ言って借りなくても良かったと思います。説明にも書かれていることを読んでいるだけだったし、ガイドを借りないと知りえない作品の秘密とか背景を解説してくれるようなものではなかったので、今後行かれる方はご注意を。竹○直人さんの声が聞きたい!ということなら是非に。



内容は面白かった。今まで見たことがない作品を沢山みられたし、日本特有の時系列展示が、ダリの生涯をしっかりと捉えるためのヒントを与えてくれていたと思う。バルセロナとフィゲラスで見たダリの作品群は、極端に言えば偏りが多かったんだろうことも気付かされたし、逆に今回の展示はもう少し絵画以外の作品も(あったけど)数を増やしてあっても良かったんじゃないかとも思う。発信する方法もさまざま、受け取る側の捉え方もさまざまっちゅう感じだろう。他の芸術家の企画展もそうだけど、とかくパートナーとの関係にもスポットを当てたがるような展示方法は好きじゃぁあいなぁという感想も。そして20世紀は芸術家にとっても戦争の時代だったんだと、ピカソも他の多くの芸術家もしっかりと向き合っていたんだと感じた。



ダリというとシュルレアリズムを思う人が多いと思うけれど、僕の場合は素描が一番好きだ。溶けた時計やモナリザなどのモティーフは、構図も相まって一見すらすらと脈略もなく描かれているように見えるけれど、相当緻密に計算高く配置され描かれているので、見る側も力が入ってしまうのが一番にならない理由。けれど、鉛筆や黒炭で書かれたスケッチは、積み重ねられた経験と勉強がなせるものなんだけれど、自由に力に溢れた線と動きがあって、生きる力に満ち溢れてもいるので、ただ見ているだけでも楽しいし、じっくり見てもしっかり応えてくれるので2度美味しいから、ついついそちらの方に見入ってしまう。「少女の後姿」に描かれている気持ち悪いほどに繊密な髪の毛や、「子ども、女への壮大な記念碑」に乗った絵の具の盛り上がり方とか、そうそうこんな感じだったよね、これがダリだよね、と楽しんでいる自分も居たんだけれど。

その遊び心というか、自由な生に対する姿勢を大きく膨らませていったものが、シュルレアリズムの作品なんじゃないかなという気がしている。フィゲラスではそれを強く感じたし、こんかいのダリ展でも、企画側の展示意図は違うけれどそれを感じることが出来た。価値観の大きな変化とそれに対する葛藤・許容を経て、ブレない姿勢を保つのが一級の芸術家達はとにかく上手い。これが出来る人はなかなか居ないし、ネットが拡散して価値観のゲリラ豪雨を受けている現代人には、更にそれは難しいものになってるんじゃないかという気がしてくる。


芸術家はいつの時代にも、フォルムを捉え、それを幾何学的な要素へと還元すべく悪戦苦闘を重ねている。
(中略)
私の場合、それはサイの角だ。

って、卵じゃなかったんだ!?しかも卵はレオナルドなの!?というサプライズがあったり。いやはや、芸術家は判りません。




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出口へ行くために通らなければならない、悪魔マーラの御土産コーナー。今回もマーラの誘惑に負けて、厚さ2cm弱ある見開きA3大の作品集を購入。悪魔がさせたのではない。スペイン語は判らないけれど、日本語だと読めるしページを開く回数も増えるんじゃないかと、自分に言い聞かせております。帰りは大江戸線で睡眠欲のマーラに負けました。。。



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本場ダリ美術館にあったあの部屋(作品)の再現
これって階段を上がって覗き込む方式じゃなかったっけ?
また、スペインに行きたくなってきた!



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by Tashinchu | 2016-09-26 15:00 | Museum | Comments(0)

28082016

2週間ぶりに帰静。
かなり短いスパンで帰ってきているけれど、今回は実家へは帰らず市内で一泊二日。

「井上コウ 個展と演奏会」へ足を運ぶ。事前に行くとの連絡は(何ヶ月も前にだけど)していたけれど、色んな人に驚かれた。「帰って来てたんですか?」という人、「カナダじゃなかったでしたっけ?」とUpdatedされていない人、「ひさしぶりぃ」と年月を感じさせない人、「先週はどうも」のシモキタザワ~な流れの人、さまざまだった。

彼の絵はずっと前から知っていて、SNS上に登場してくるし、彼らのバンドtatamiのCDジャケットもコウ君が描いている。ここ最近、旅行熱が凄くて、東南アジアや南米をことごとく周っている、コウ君の絵が変化してきていて実際に生で見てみたいと思ったのが、このトンボ帰りの理由。もちろん後ろに続く演奏会の3組出演者が、“3ストライクでバッターアウト”なんだから仕方がない。

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やっぱり、である。線の出方や色の使い方に変化が出てきているのが感じられて、僕はこっちのほうが好きだと脳みそが言っている。モヤッとした霞が取れて、輪郭のはっきりした景色が目の前に現われてきたくらいの違いがあって、現在進行形のこの勢いのまま旅も絵も続けて欲しいなぁと思った。13Anchorzの壁に描かれた絵(上写真右)が過去だとしたら、“いま”のコウ君が見られて本当に良かった。今後も応援しております。


FBにあがっていた、僕の中でのタイトル「いの・しか・ちょう」とか凄く惚れ惚れしたけれど、自分のこぢんまりした所有コレクションと喧嘩しそうだったので、ネパールの少年を購入させてもらうことに。黒をバックに描かれた、頭にとりどりの色のついた巻物を被した少年。デジタルの画像では見られなかった、彼の右目から流れ落ちているように見える泪の白い絵の具。意図していないと本人は解説してくれたけれど、やっぱり絵とか音楽は実際に、自分の目や耳や肌で触れてこそのものだなぁとつくづく感じる。作品の裏話まで聞かせてもらって、より一層この絵が大切なものになった。



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ノダフルタ

Cの曲が多かった。反則な歌声、ギターリフ。
いいギターを買って欲しい。表現の幅が広がるように思うんだけどなぁ。
デモCDを購入。





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herpiano
先週に続き2週連続!(イエィ!)
アコースティックVer.だと旧曲も演奏してくれるようだ。
いつ聞いても良い。
音源が楽しみ。




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tatami
Bassが替わって初、というか何年ぶりだろう。
新Bassメンバーは、大鉄つながりだった。
曲のクオリティが上がってて、ギターの絡みが極上だった。




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by Tashinchu | 2016-08-28 18:30 | Live/Concert | Comments(0)

12082016

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帰静3日目。静岡市内の滞在を1日延ばして、静岡市美術館で開催中の「エッシャーの世界」展へ足を運ぶ。エッシャーと言えば上の写真(招待券ありがとうございます!)に載っている騙し絵のようなものを思い浮かべる人が多いと思う。実際一番知られた作品はそれなんだろうけど、僕の中ではこういう絵を描く人はかなり理数系でぶっとんでいると思っているので、それが本当かどうかを本展で確かめられるのではと期待していた。

お盆休みに入っていることもあり、ほぼ全ての作品の前に複数人が居て鑑賞している混雑状況だったのと、今回の目的は彼の生涯を時間軸に沿って追うことではなく“ぶっ飛び度”を量ることだったので、(勝手に命名すると)デアゴスティーニ式鑑賞法で周ることにした。これは、まぁ僕に限らずやっている人は多いと思うけれど、入口から順に周らずに一旦全てをチラ見して出口手前まで行ったあとに、気になる作品や関連のありそうな作品へ各々引き返して巡る方法。混んでいて次の作品を見られないとか、時間がないのでサクッと見たいとか言う場合に効果大でございます。


僕の予想は主観的な判断で言えば、当たっていたと言って良いだろう。騙し絵はただ描けば出来るようなものではないし緻密な計算の上に完成される訳で、彼の他の代表的な作品、例えば「昼と夜」や「婚姻の絆」などを見たときにも、その計算高いというか練りに練られた魂みたいなものが感じられた。「写像球体を持つ手」などは数学的な世界への真剣なアプローチと熱心で超絶なる集中力を見ることが出来て、終始ニヤリニヤリしながら開場を行ったり来たりする時間が続いた。そんな表情でウロウロしているからかスタッフさんの目にも留まったようで、最後の展示ブースではこの企画展に隠された秘密(というか嬉しいトリック)について探ってみては?なんて場面もあったりで、これを企画した学芸員さんも相当なニヤリ族なんだろうななんて想像した。

さて、チケットや告知ポスターを飾っている「滝」の前で気付いたことがある。この作品の前後には構想や下書きなどの滝に関連する資料・習作も展示されているのだけれど、習作のひとつには作品には2人(洗濯物を干す人と滝を見上げる人)だけではなく、3人目が描かれていた点である。滝を見上げる人の左隣に、彼とは反対の方角(作品的には右下方向)をバルコニーから見下ろすように男性と思しき人物が描かれていた。実際の作品からは消えていて、、、と思っていると、どうやら完成前に消されたような痕が残っているのに気付いた。上の写真をよく見ると薄っすらではあるもののその痕を見ることが出来ると思う。

洗濯物を干す人は見上げる人を、見上げる人は滝をそれぞれ見ているので、そういった作品内の人物の視線が示すものがもしかしたらあるんじゃないか?なんて、妄想は膨らむのであります。例えば、その消された第3人目が見下ろす先には洗濯物を干すひとに繋がっているとかね。滝は永久機関としてグルグル廻っている訳だし、何かそういう意図(糸)みたいなものが込められていたとしたら、これまた12ニヤリ進呈です。どうして消したんだろうなぁ。この知識欲に関して答えなりヒントを与えてくれる方、いたらコメントよろしくお願いします。


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何やら色々と写り込んでますが、いつものクリアファイルを購入して案内やチケットを入れ込んで展示廻りは終了。タイトルを忘れたけれど、これはエッシャーが平面の正則分割を突き詰めている時代の作品で、これも数学的に位置の移動や回転、すべり・鏡映を軸に描かれている。その基本的な解説を本人が作図によって示してくれている展示もあって、その作品は是非見て欲しいなと思う。去年アブダビ空港で興味を魅かれた、アラブのタイルモザイクをただ“見る”から“鑑賞する”ところへ持って行ってくれたに違いない訳で、もう少し前に知っていたらと思わずには居られない。

これは平面、つまりxとy軸の中での動きなんだけど、エッシャーが歳を重ねるにつれてxとyに加えてz軸の3次元での動きを加えた作品が登場してくるようになるのも、今回のエッシャーの世界展で是非是非体感してもらいたい部分。箍(たが)が外れたというか、ぶっ飛んでくることが良く判ると思う。ハロルド・スコット・マクドナルド・子セクターやブルーノ・エルンストといった数学・物理学者と交流があったことも年表から判るし、「バルコニー」という作品では、ブラックホールが実世界上に現れて目の前を通り過ぎていったときに見えるであろう世界が描かれていて、数学や物理にも精通しており理論天体物理学で浮かんだ映像を作品として描いていたんじゃないかとも思えてくる。というわけで、ブルーノ・エルンスト著の「エッシャーの宇宙」を購入してしまった。



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by Tashinchu | 2016-08-12 12:00 | Museum | Comments(0)