音・岩・光

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21012017

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日本人の英語習得を難しくしている要因のひとつに、日本語の「過去形」は「過去」と「完了」と「過去完了」を区別しないがために、英語のその時間観念を1から勉強しなければならないことがあると思う。

とその前に、クリスマス兼誕生日プレゼントでいただいた、ブックカバーが大活躍なのでそれを。出勤や帰宅時の電車の中で、堂々と「静岡県の方言」と書かれた本を開く勇気は僕にはない。手作りなのかな、タグが付いていないのでそうだと思うけれど、これがしっかり出来ていて、本の大きさによってカバーを調節できる機能まで付いている。今後も大活躍してくれること間違いなし。ありがとうございます!



で、静岡の方言なのになんで英語?となる訳だけれど、静岡弁には標準語にはない「過去完了」の観念を表現する言い回しがあると書かれていたからで、その辺についてを掻い摘んでみようと思う。どの言い回しかというと「…っけ」がそれにあたり、「(動詞の)過去形+っけ」で過去完了になる。「名詞+る(ドイツ語はen)」で動詞化するのに似ているから、昭和生まれの静岡人よ気付いておくれ。

例えば、標準語で「昨日ディズニーランドへ行った。」と書くと、単純に過去の1点を言っているのか、行ってきたという経験や完了を言っているのか、会話の流れでなく1文章として見ただけでは全く判らない。もともとその辺を区別しないのが日本語なんだろうケド。そこで「…っけ」を付けて、「昨日ディズニーランドへ行ったっけ」とすると、私を含め静岡人的には過去完了してる文章だなというのが理解できるようになる(はず)。行ったという経験と、既にそこにはおらずその動作が完了していることを、「…っけ」が見事に表しているのである。気付かずに過ごしてきたこれには自分でも驚いた。今まで別々になっていた、脳神経の英語時間観念部と静岡弁の時間観念部がガッチリ繋がるのを感じた。静岡の方言、やるなぁ。

つまりこの点だけに関して言えば、静岡人は英語の時間観念を理解できるアドバンテージを、他県の人たちに比べて持っていることになる。英語で苦心している静岡人に向けて広く発信したい。頑張れ静岡人!標準語にはない表現を方言が持っていることに気付かされたこれからは、標準語ばかりに気をとられずさー、静岡の方言を大事に使って後世に残していかにゃーいけんなーって思ったっけだよ。という感じ。


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他にもこの本には興味深いことが書かれていて、年末年始に帰省して静岡・川根弁に触れたこともあり、色々調べてみたくなるようなことが沢山あった。決め手となったのは写真にある、“中川根中学校郷土研究部が作った「中川根の方言」(昭和43年)”という記述があったからで、しかもこの大井川上流部の方言は、他の静岡の方言と異質な特性があることも書かれており、ますます調べたい欲が大きくなる手助けをしている。

本では、笹間と笹間上(石上地区)の両地区で話されている言葉のアクセントやニュアンスが微妙に違うと書かれていた。隣と言ってもいい地区同士なのに、当時はお嫁さんが笹間出なのか石上出なのかが、地元に住む人だけはそこで直ぐに判ったそうだ。他の地域の人(よその人)には区別が判らないのがまた不思議である。上流域(石上)の言葉は下流域(笹間)に来ても取れないらしく、下流から上流へ行った場合は逆に上流言葉(石上)に染まってしまうという、大阪・関西弁のような側面があることも興味深い。

事実、地元の親戚(上流部から嫁いできた)が話す言葉は若干違っていて、もう何十年も住んでいるのに取れていない。そしてそれに気付くのは少なくとも地元の住民だけ。Misaoには僕とその親戚が会話している言葉は同じに聞こえるらしい。著者の見解としては、それだけ昔は地域が狭く閉ざされていたこと、そして今日に繋がっている舗装路ではない地域間のつながりがあったことを示唆していた。これには自分も同感である。

他にも、例えばかなり内輪な話題になるけれど、大井川鉄道の下泉駅から不動の滝方面に進み左の先にある壱町河内(いちょうごうち)地区は、道でいえば下泉と繋がっているけれど昔は山を越えた反対側の徳山(だったか田野口だったか)との交流が主だったらしい。字(あざ)でもその辺が確認できるのではないだろうか。川根の水川地区と、尾呂久保地区も同じ関係だろう。山の上にある尾呂久保地区は道としては麓の上長尾に続いているが、字は水川なんだそうで、確かに消防団も水川地区に出向してくる。

こういったことを知ると、先出の壱町河内の方言は徳山寄りなのか、はたまた下泉の言葉と違いはあるのかなどなど、色々調べてみたくなってくる。川根地区がどんな風に、集落から合併して今の川根になったのか。地名・上長尾・徳山などの村時代以前の様子をうかがい知るには、書物や資料よりもこの地元言葉が最強のエビデンスツールとなるのではと思う。今のお年寄りが古来川根方言の最後の所有者になる訳で、失われていく前に何としても調べておきたいなぁという気持ちがふつふつと沸いている。次に帰省したときは、まず中中(なかちゅう:中川根中学校の略)の図書か役場の図書館に、あの「中川根の方言」が残っていないか調べてみようと思う。



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by Tashinchu | 2017-01-21 20:30 | Books | Comments(0)

22122016

ミレニアムを返却したときに、ふと目に留まった日本の伝統色という本を借りてきた。他にも2冊借りてきたけど、これがどうしてなかなか面白くて奥が深い。ヴァイオリンのニスの色を言うときに、茶色・赤茶色・赤・朱などくらいしか表現する語彙がなかったけど、これを覚えてお客さんの説明したら評価が上がるかも知れないなと思ったりしている。「この栗梅から赤銅色へのニスのグラデーションが素敵な楽器ですよねぇ。」なんて言ったら、いちころでしょう。

本ではなくてサイトはここを参照。

図録を持っていると比較してみたくなるのが人の常で、対応している色はないものかと外を歩いてみた。光の加減や、写真の場合は色温度で違うように見えてしまうけれど、代表的なあの色たちはこんな感じの日本の伝統色に言い表せられそうである。

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書籍なので一応ぼかしを入れてます。



いつかこういうマニアックな伝統色との対応表でも作ってみようかなと思いつつ、そんなことしてる暇があったら他のことしなきゃと、葛藤の日々が続く師走。



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by Tashinchu | 2016-12-22 11:30 | Books | Comments(0)

12122016

音楽ばかりに気が行っていたので、図書館に予約を出してから1ヶ月ほど待ってようやく予約の番が周ってきた、ミレニアム4上下巻を読むのをすっかり後回しにしていて、返却まであと数日にまで迫ってしまったので急いで読んだ。もともとの作者は既にこの世にはおらず、続編のアイディアなどが書かれたメモをもとに、同じスウェーデン人の新たな作者によって書かれたミレニアムの続編。3まででひと通りの区切りはついているので、オリジナルでない作者による続編について賛否両論があったようだ。


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画像は共にAmazonより



僕も最初は懐疑的だったけれど、日本語訳版を読んでみて文体やストーリー性などに違和感は感じられなかった。リズベットはリズベットらしかったし、ミカエルをはじめとしたミレニアムのメンバー達もそのままで、これなら更に10まで続くらしい続編も執筆されても良いかなと思う。

ただ、Facebookなどの今流行りのSNSが今後どうなるのか判らないところに、それを載せてしまったのは果たして良かったものかという部分が残る。30年後に読み返したときに、注釈付きでFacebookなどが「2000年代初頭に世界的に広まったコミュニケーションツール。2026年にサービス終了。」とか書かれるのは、ちょっぴり興ざめするような気がしないでもない。

もうひとつ、最後の展開が恐ろしく早かったので、もう少し丁寧に時間軸が進んだら良かったのになぁというのも感じた。書いてたらページ制限ギリギリになってしまったんだろうか、プリズンブレイクのあっけない幕切れみたいに終わってしまったので、ちょっと残念。でも上下2巻を3日(平日2日+週末1日)読み終えたことを思うと、それだけ一気にのめり込むほどの内容がそこにあった訳で、外界を気にせずに読みふけるのは久しぶりだったし、良い意味で心地よい疲労と満足を味わうことが出来た。



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by Tashinchu | 2016-12-12 10:30 | Books | Comments(0)

02072016

アレックス・ホノルドを知ったのは確か2008年のBanff Mountain film & book festivalだったと思う。
当時はまだ英語の聞き取りが微妙だったので、映像の全部を理解したとは言いがたかったけれど、チェコの奇岩をチョークもカムなどのギアも使わず登るというところに出て来たような気がする。プロテクションはナッツの代わりに縄を結んだものを使うだけで、シダー・ライトも「今までで一番ハードなやつだった。」とか言っていた。今となって思い返してみると、あれがSufferfestにつながってるんだなーとかしみじみ思う。2010年(だったかな)のBMFFでは、ヨセミテのハーフドームフリーソロの様子が出ていたり、いつもそういった一般的にはクレイジーな部分だけがイメイジとして定着してしまっている感のあるホノルド氏。


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この本から得られるのは、彼は決して無謀なことはしていないし、しっかりと自分を理解して目標に向かって取り組んでいること。如何に印象と言うものが個人勝手に作られてしまうのかと身にしみて感じた。ムーンライトから始まる彼のフリーソロや輝かしいアセントのそれぞれに、彼が何を思いどう変化してきているか、クライミングに興味がなくても、ひとりの人間の葛藤と成長が非常に上手く引き出されているので、記録集や手記というよりはその名の通り自叙伝と言って差し支えないと思う内容だった。共著というのがそうさせていると思うし、出身県が同じEijiさんの翻訳がまた素晴らしく、翻訳のヘルプにも知り合いの名前があったり、クライミングの世界全体が協力というか手を取り合って、これが(原版も翻訳版も)出版されたんだろうなぁと微笑ましく思えてくる。

興味深いのは、ジャンボさんの「クライミング考」でもこの本でも、なにかを成し遂げる(それが記録や成果として外的にあらわれなくても)ために必要な要素は、同じなんだろうこととして書かれているところじゃないだろうか。それは是非読んで気付くというか感じてもらうとして、一線で活躍している人たちの熱量とハングリーさは途方もない。また面白いところとしては、ジャンボさん達がフィッツ・トラバースに挑戦しているとき、アレックスとトミーも同じくFirstの座を狙うためにパタゴニアにたことで、御互いに何を武器とコンセプトにトラバースを完遂させようとしていたかを両書で比較できることではないだろうか。そんな意味で、できれば共に期間を空けずに読んだほうがより一層楽しめるんじゃないかなぁと思う。



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by Tashinchu | 2016-07-02 10:00 | Books | Comments(0)

18062016

山気づいていたのは僕だけではなかったようで、Misaoも山の本を読んでいた。返却まではまだ時間があるし、アルパインクライミング考を読み終えたところだったので拝借。


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空前の山ブームなんだろうか。山に行くのは都市圏に住む一部の人々なのではないかとも思うのだけれどどうなんだろう。山に近いところに住んでいる人は、昔から山には登っていただろうし、こと東京という場所は流行を喰ってのみ生き延びられるような感覚がしているので、という思いに至ってしまう。これは本の感想ではなくて、天然記念物の岩にボルトが打たれる事件があったりなどなど、ブームになるとフォーカスは必然なので、いた仕方ないことではあるのだけれどなぁとか、色々思うところが出て来たのでとりあえず書いておこうと思いKeyを打っているのだけれど。

出来ればブームは去ってくれないほうが良い。でも、どんなブームでも始まりだけは人が沢山押し寄せて、その土地のエキスを吸うだけ吸って荒れて痩せてブームが終わるという構図は、イナゴの大発生を思わずにはいられない。晩秋の南アルプス最南部で感じた、トレイル(というか辺り)全体に枯れ葉が落ちていて、歩みを進めているときはずっと足元でカサカサ言ってるとか、そういう贅沢なトレイルって日本にあとどれくらい残っているんだろうかなどとしみじみ思うと、なんだかなぁと思ってしまうのも事実。

ブームって流行りに乗るってことで、贅沢さの感じ方はそれぞれなんだなとも考えていいのかな。別にブームに感化された全員がそのカサカサを欲している訳ではないんだろうし、濃淡は別として体験したことこそがその人たちには重要なんだろうなと思うに至った(ジャンボさんの本にもそんなことを言っているのではないだろうかという節を勝手に見出して喜んでいた自分がいます。)

ネタばれするけれど、最後の章でNZのトレイルのことがあって、昔とは変わってしまった、今では人数制限があるとかいう表現がでてくると「ねぇ、ホントどう上手いこと折り合いを見つけたら良いんだろう」と真剣に考えてしまう訳ですよ。いっそのこと携帯も繋がらない、不便さを売りにした山というニッチな市場開拓とかそういうのは出来ないものかなぁと思う自分がいるのでした。

構成や章と章の関わりなど、本は純粋に楽しめたし、山に行きたくなること請け合いなので、是非。利尻富士の章を読んでたら、本気でAir Asia航空券を眺めている自分がいたと書いておけば、面白さが伝わるのかなぁ。









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by Tashinchu | 2016-06-18 11:00 | Books | Comments(0)

13062016

ここ数日、山気づいてきたところにちょうど良く、この本を在庫で持っているアウトドア屋さんがあったので即購入。大手ではあまり買わないように、街の本屋さんや登山用品屋さんを助けたいなという思いもあったけれど、ゴメン!高速バスで帰宅する前、出発までまだ時間があったので、ふらりと入ったお店に置いてあった。バスの中では寝ていこうか何しようか決めていなかったので、やることが見つかってテンションは高い。まぁ、勝手な生き物である。


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つい先日には本人に会っているし、ローガンの時には近くに住んでいたしで、本人から直接聞いた話やカナダでの話も出てきており、読者にはかわりないんだけど、文字というよりは声で聞こえてくる感じがする。あの姿で語りかけてくるというか、話を聞いているような感覚でグイグイ読み進んでいった。会話のときには知り得なかった、細かなディテール(デティール)も細かに書かれているので、更にそのときのエピソードが深く入ってきたのも嬉しい。集中している人は細かく覚えているんだなぁと感心してしまう。それに比べて自分は。。。幸い車酔いには強い体をしているので、ほぼ3時間読書に当てることが出来た。この集中は少し違うんだけど。

熱中しその火を絶やさず続けること、自分の力量をしっかり知ること、素晴らしい仲間(ライバル)を作ることなどなど、どの世界にも言えるけれど人生を楽しく愉しむ秘訣が満載だった。Mt. Ballを反対側から是非登って欲しい(僕はロープなしの方で充分)なぁ。ジムでサーキットのアイディアももらったし、瑞牆山に行きたくなる。バスは既に都内に入ってきていたけれど、ロープとカラビナを実家から持って帰ってこなかったことを激しく後悔したのでありました。



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by Tashinchu | 2016-06-13 17:30 | Books | Comments(0)

24072015

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お次はこれ。ビブリアにも登場した宮沢賢治もの。結構古い本なので、宮沢賢治が広く世間に認知され完了した辺り(教科書に作品が登場するくらい)の頃に出版されたのではないだろうか。賢治の足跡を辿る旅行のすすめみたいなもの的な要素も含んでいるように思われた。昭和の頃は、旅の指南書なんてなかなか無かったと思うし、そういった類の本が出始めた時期の書籍とも言えるかも知れない。

ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山は素晴らしきかな

これが一番残っている。


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by Tashinchu | 2015-07-24 21:00 | Books | Comments(0)

18072015

今更という感じがしないでもないけれど、とある理由からこの本の1巻を買うこととなり、読んでみたらこれが面白くて一気に6巻を大人買い。カナダにいた頃に流行ったらしくドラマにもなったようだが、全くそんなことは知らなかった。

太宰治や夏目漱石、江戸川乱歩といった文豪をはじめ、手塚治虫や藤子の2人や海外の作家など、多くの古本から物語と事件が始まっていく。恥ずかしながら太宰治は「走れメロス」くらいしか読んでいないような気がするし、夏目漱石も「それから」とか有名どころしか読んでいない。これを機に日本のMust Readな本もちゃんと読んでおかなきゃと思うのだった。

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登場人物の栞子さんの描写が、妙に男目線からのものが多くて(主人公の大輔君の語り口で書かれているから仕様がないけど)、折角物語に浸っていたのをスッと現実に引き戻されるときがあってちょっと残念。でもそれを引けば、グイグイ読み進めていけたのは「ミレニアム」以来で、6巻読み終えたときの達成感や満足と一緒に来る喪失感も同じくらいあって、久々に活字を読んだぞという気分に浸れた。





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by Tashinchu | 2015-07-18 09:30 | Books | Comments(0)

11072015

インドが呼んでいるのではないと思う。でもインドには行きたい。たいだけでは行けないのも良く判っている。

20代の頃はインド音楽の方面から彼の地に焦がれていたけれど、今はごちゃごちゃをごちゃごちゃのまま留めている場所で、凝り固まりつつある価値観をぶっ壊したい衝動に襲われるときがある。
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藤原新也さんのインド旅をおさめた上下巻をJiroさんのご両親からいただいた。Jiroさんも読んでいたのかと思うと、不思議な気分になる。勝手ではあるけれど、彼のBlogのタイトルはこの辺の書籍も影響しているんじゃないのかとか色々な考えが膨らんでくる。

本書は藤原さんが若かりし頃に書かれているので、若さ丸出しでちょっとこそばゆい場面もあったりするけれど、こういう気持ちを本として残しておけたのは本人にとってかけがえの無いものなんじゃないだろうか。古い時代なのでかなりストレートで辛辣な表現や単語も出てくるけれど、それもそれで若さ故というか、これまた熱があっていい。1文がとにかく長いのも(それが時々読み辛くしていたけれど)、コンマ何秒の間に人間が考えていることをそのまま文にしたら長くなってしまうのは必然なので、勢いがあっていいなと感じた。

河童さんの直ぐあとにこれを読んだので、インドに対する自分の気持ちが憧れの地から人としての憧れの対象へと変化していることに気付いた。両者共に、インドは良く判らない場所であり、でも人々は苦しみながらも生きていることをしっかりと認識したようだった。死が身近であり、死が見える(死体や腐乱、骨化にくわえて獣肉加工)土地は、地球上で、とりわけ都市部ではいよいよ少なくなってきたように思う。葬式は業者が行い、食品も工場で加工されてくる。

生と死が密接に関わってこない・見えてこないと、何かしらの弊害(ハッキリこれとはいえないし、でもボンヤリとは判る感じ)が必ず出てくるし出ている。寄付しただけで終わりとか、除菌殺菌に躍起になることや、視点が違うかも知れないけど電力供給地と消費地の感じ方のズレ(東日本大震災のときの雰囲気)が生じてくる。だからといって急に死を近くに持ってきても解決にはならないし。

2人の本を読んで、インドはこういった様々な価値観をまとめようとせずにそのまま内包して、それが原因でひっちゃかめっちゃかなんだけど、図太くやっているところに憧れを抱くようになってきた。これを確かめに是非ともインドに行かねばならないと、ひとり湯気を上げている(とMisaoからは見えていると思う)。とりあえずハンピの奇石群を登るツアーを計画してみよう。








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by Tashinchu | 2015-07-11 10:30 | Books | Comments(0)

06072015

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とあるポッドキャストがきっかけで知ったこの本。妹尾河童さんといえば「少年H」がよく知られているのではないだろうか。何となくだけれど、旅先での興味の沸き方に近いものが感じられつつも、自身のアンテナ感度の悪さに、もっと知的好奇心を全開でいったほうが余計なものまで得られてくるんだろうと自信をつけた。今度のイタリア旅行で実践してみよう。

河童さんの俯瞰図にも魅せられること間違いなしで、自分は文庫本を買ったけれど単行本のほうが更に迫力のある線を楽しめると思う。人はよく「どれくらいの時間がかかったのだろう」とか、絵や作品に言いがちだけれど、物理的時間はそんなに重要じゃないと思う。当人は好きで描いている訳だし、気分が乗らないときには描かないだろう。スイッチが入ったのであれば、それがたとえ何時間・何日だったとしても時間的なところから来る疲れや辛さなどは感じていないだろうし、面白くて仕方がなくて気付いたら何日も経っていたという感じなんじゃないだろうか。

彼の絵からは緻密さ(は勿論そうだけど)というよりは熱が感じられるので、自分もカッカしてくるのが良く判った。その場でほぼ全ての絵が描かれているのだそう。現地でスケッチをして写真を撮って帰国してから描くのではないので、インドのHot、Hotter、Hottestしかない季節を象徴するような太陽の熱と光を、そのまま留めているような感じがしてくる。

熱は大事だ。
そして日本にも夏が来る。



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by Tashinchu | 2015-07-06 12:00 | Books | Comments(0)