音・岩・光

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30012017

リタイア(ed)クライミングロープを沢山いただいたので、以前から作ろう作ろうと思っていたものを作ることにした。本当は自分のロープが駄目になったらと思って、その時期を今か今かと待っていたんだけど、日本に戻ってきてから一度もロープ巾着を開けていません。リードにもマルチにも行ってません!ついでに言えば、外岩は帰国して3年で3回(内2回は開拓場所探し)とか、インドアーな人間になってしまったもんだなぁ。。。


という訳で、つくり始めようと思ってはみたものの、どんな風になっているのか判らず、写真をみたり色々検索をかけてみると、出てきました!便利な平面図をPDFでダウンロードできるサイトがあるんですね。で、早速それをゲットしてプリントしたいが、うちにはプリンタがない…。

そんな時のコンビニのコピー機と思ったら、当たり前なんだけどこのファイルサイズは等倍プリントすると縦横が1000mm×650mm位もあるもんだから、徒歩1分のところにあるセブン○レブンのコピー機では「ファイルサイズがおおき過ぎます」と言われてA3縮小すら出来ない。セブンのカラーコピーはコンビニの中でも優秀と思っていたんだけど、大きなファイルサイズへの対応能力は低いことが判明。

ならばと、ほぼ隣にあるファミリー○ート(徒歩2分)へ。ここでもファイルサイズが大きいと言われたけど、ちゃんとA3縮小でプリントアウトできました。なるほど、コンビニのコピー機も得意不得意があるんだなと意外な収穫。そして出てきたA3を四分割して更にA3に拡大すると、ほぼほぼ目的の大きさになったのでようやくこれで作業が始められます。

が、まだまだ試練は続く。土台となる板が欲しいのです。900mm×600mmの集成材はこれまた結構な御値段がするし、コンビニは超近くにあるのに最寄のホームセンターは自転車で30分も掛かる。ネット通販だと2~3日以内の発送で、モチベーションがある内に始められないときた。と言った感じで悩んでいると、




「!!!」




そういえば、帰宅路の途中に捨てられた大きなスノコがあったな。という訳で、早速それを回収に。幹線道路脇300mの道のりをスノコを抱えて歩く私。ゴミ(と言ってもそこそこキレイ)を漁って持ち帰る奇妙な人間を見たのであれば、多分それは私でしょう。

という訳で出来上がったのがこちら。


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ネジは沢山あるので、地道に18本をねじ込んでようやく準備完了。
ただ、ここからまた長い長い道のりがスタートするのでありました。
それはまた次回。

その2へ続く

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by Tashinchu | 2017-01-30 09:30 | Climbing/Hiking | Comments(0)

27112016

この日は色々忙しい。天気予報が午後から崩れると言っているので、4人展をあとにして今度はデザフェスへ急ぐ。乗り換え駅の豊洲で痺れを切らしたかのように雨が落ちてきた。初めて乗るゆりかもめに興奮冷めやらぬ私。話題になっている豊洲市場は誰もいなくて、モノレールの特徴でもある架線設備がなく遮るものが何もない上から目線が、より一層に無人の市場を傍観者的視点で映し出す手助けをしているように思えた。




この日のMisaoさんは、バルセロナ・パビリオンを見る前と後と同じような反応をしていて安心した。日本全国からプロ・アマ問わず色んなアイディアや作品が何百と集まってフェスティバルを開催するこのイベント。時間は既に夕刻差し迫ったころで最終日だったけど、まだまだ会場は熱気に溢れていたように思う。デザインの色々を見に来たのもあったけど、自分的な裏目標は「いつも聴いてるポッドキャストのパーソナリティに会いに行く!」で、フォローしているTwitterでつぶやかれているブースへとりあえず足を進めた。


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宇宙や技術・テクノロジーが大好きなこの方は、このデザフェスで科学Tシャツを販売している。物理公式・化学式のプリントされたものや、天気記号・台風進路がプリントされたTシャツなどなどがあり、何かひとつ自分も買おうかなと思っていたところに、ベストな1枚が出てきた。


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Lactic acid、日本語で「乳酸」。こういうTシャツは、お洒落としてではなくある目的や意思表示をもって着るようなシチュエーションはなかなかないと思うけれど、これほどまでにある狭義の中で光り輝く瞬間を持っていることはないと思う。


クライミング!


このTシャツを着てジムや外岩に行けば、PatagoniaがとかThe North FaceなどのアウトドアブランドがとかではなくこのLactic acidについて声をかけてきた人は、確実にクライミングを愛し化学にも傾倒していることが一瞬にして判ってしまうという素敵なTシャツである。しかも、テンションしたときの言い訳もバッチリ、「このTシャツに乳酸て書いてあるんだから」がまかり通ってしまうこと(はまずない)間違いなし。

本人はそんなこと知る由もなしだろうけど、好評プロフィールの180数cm通り、大きくてプロフ写真そのままで安心した。でも肝心の声が違うように思えたのは何故だろう。

第一目的を果たした後は会場内をぶらぶら散策。絵やモノが多かったけれど、度肝を抜かれるアイディアや視点があったりで写真に続いて刺激を沢山もらうことが出来た。閉まっているアイディアがあるので、来年くらいに出店してみようかなと思う。

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by Tashinchu | 2016-11-27 17:00 | Amusement | Comments(0)

26092016

地球を西に行くのと東に行くのでは、僕の場合西へ行く方が時差ボケの解消度は悪い、と感じる。北米から戻る、あるいは欧州へ行くのはちょっと大変で、そんなこともあって、帰国翌日は自らに活動を与えて時差を乗り切ろうと、前売りでチケットを購入しているし、国立新美術館で開催中のダリ展へ足を運んでみようかということに。膀胱薬のDARITENではない。六本木の美術館は月曜定休じゃないところが多いので助かる。21_21もそうで、10月中旬から開催される「デザインの解剖展」にも平日に行けるのが嬉しい。

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平日とはいうものの流石はTOKYO。会場には沢山の人が居て、前日に引き続き人酔いしそうな感じだった。入口は空いているように見えるけれど、これは閉館近くに撮ったもの。人が多いから企画展が出来るのは判るけど、もう少しじっくり作品を鑑賞、もしくは向き合うことが出来たら良いんだけどなぁ。そしてメモを取ると、すかさずスタッフのチェックが入るあの感じもいただけない。隣の男性がペンでメモをとっていたら「鉛筆で」だそうな。フィゲラスのダリ美術館は写真はOKだったし、スケッチもしてる人はいたし、子ども達が課外授業でワイワイやっていたし、ダリ本人も「もっと自由でいいから!」とか言ってそうな感じがした。

M+Mが大好きなダリなので、今回は奮発して2人とも音声ガイドをレンタル。ハッキリ言って借りなくても良かったと思います。説明にも書かれていることを読んでいるだけだったし、ガイドを借りないと知りえない作品の秘密とか背景を解説してくれるようなものではなかったので、今後行かれる方はご注意を。竹○直人さんの声が聞きたい!ということなら是非に。



内容は面白かった。今まで見たことがない作品を沢山みられたし、日本特有の時系列展示が、ダリの生涯をしっかりと捉えるためのヒントを与えてくれていたと思う。バルセロナとフィゲラスで見たダリの作品群は、極端に言えば偏りが多かったんだろうことも気付かされたし、逆に今回の展示はもう少し絵画以外の作品も(あったけど)数を増やしてあっても良かったんじゃないかとも思う。発信する方法もさまざま、受け取る側の捉え方もさまざまっちゅう感じだろう。他の芸術家の企画展もそうだけど、とかくパートナーとの関係にもスポットを当てたがるような展示方法は好きじゃぁあいなぁという感想も。そして20世紀は芸術家にとっても戦争の時代だったんだと、ピカソも他の多くの芸術家もしっかりと向き合っていたんだと感じた。



ダリというとシュルレアリズムを思う人が多いと思うけれど、僕の場合は素描が一番好きだ。溶けた時計やモナリザなどのモティーフは、構図も相まって一見すらすらと脈略もなく描かれているように見えるけれど、相当緻密に計算高く配置され描かれているので、見る側も力が入ってしまうのが一番にならない理由。けれど、鉛筆や黒炭で書かれたスケッチは、積み重ねられた経験と勉強がなせるものなんだけれど、自由に力に溢れた線と動きがあって、生きる力に満ち溢れてもいるので、ただ見ているだけでも楽しいし、じっくり見てもしっかり応えてくれるので2度美味しいから、ついついそちらの方に見入ってしまう。「少女の後姿」に描かれている気持ち悪いほどに繊密な髪の毛や、「子ども、女への壮大な記念碑」に乗った絵の具の盛り上がり方とか、そうそうこんな感じだったよね、これがダリだよね、と楽しんでいる自分も居たんだけれど。

その遊び心というか、自由な生に対する姿勢を大きく膨らませていったものが、シュルレアリズムの作品なんじゃないかなという気がしている。フィゲラスではそれを強く感じたし、こんかいのダリ展でも、企画側の展示意図は違うけれどそれを感じることが出来た。価値観の大きな変化とそれに対する葛藤・許容を経て、ブレない姿勢を保つのが一級の芸術家達はとにかく上手い。これが出来る人はなかなか居ないし、ネットが拡散して価値観のゲリラ豪雨を受けている現代人には、更にそれは難しいものになってるんじゃないかという気がしてくる。


芸術家はいつの時代にも、フォルムを捉え、それを幾何学的な要素へと還元すべく悪戦苦闘を重ねている。
(中略)
私の場合、それはサイの角だ。

って、卵じゃなかったんだ!?しかも卵はレオナルドなの!?というサプライズがあったり。いやはや、芸術家は判りません。




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出口へ行くために通らなければならない、悪魔マーラの御土産コーナー。今回もマーラの誘惑に負けて、厚さ2cm弱ある見開きA3大の作品集を購入。悪魔がさせたのではない。スペイン語は判らないけれど、日本語だと読めるしページを開く回数も増えるんじゃないかと、自分に言い聞かせております。帰りは大江戸線で睡眠欲のマーラに負けました。。。



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本場ダリ美術館にあったあの部屋(作品)の再現
これって階段を上がって覗き込む方式じゃなかったっけ?
また、スペインに行きたくなってきた!



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by Tashinchu | 2016-09-26 15:00 | Museum | Comments(0)

28082016

2週間ぶりに帰静。
かなり短いスパンで帰ってきているけれど、今回は実家へは帰らず市内で一泊二日。

「井上コウ 個展と演奏会」へ足を運ぶ。事前に行くとの連絡は(何ヶ月も前にだけど)していたけれど、色んな人に驚かれた。「帰って来てたんですか?」という人、「カナダじゃなかったでしたっけ?」とUpdatedされていない人、「ひさしぶりぃ」と年月を感じさせない人、「先週はどうも」のシモキタザワ~な流れの人、さまざまだった。

彼の絵はずっと前から知っていて、SNS上に登場してくるし、彼らのバンドtatamiのCDジャケットもコウ君が描いている。ここ最近、旅行熱が凄くて、東南アジアや南米をことごとく周っている、コウ君の絵が変化してきていて実際に生で見てみたいと思ったのが、このトンボ帰りの理由。もちろん後ろに続く演奏会の3組出演者が、“3ストライクでバッターアウト”なんだから仕方がない。

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やっぱり、である。線の出方や色の使い方に変化が出てきているのが感じられて、僕はこっちのほうが好きだと脳みそが言っている。モヤッとした霞が取れて、輪郭のはっきりした景色が目の前に現われてきたくらいの違いがあって、現在進行形のこの勢いのまま旅も絵も続けて欲しいなぁと思った。13Anchorzの壁に描かれた絵(上写真右)が過去だとしたら、“いま”のコウ君が見られて本当に良かった。今後も応援しております。


FBにあがっていた、僕の中でのタイトル「いの・しか・ちょう」とか凄く惚れ惚れしたけれど、自分のこぢんまりした所有コレクションと喧嘩しそうだったので、ネパールの少年を購入させてもらうことに。黒をバックに描かれた、頭にとりどりの色のついた巻物を被した少年。デジタルの画像では見られなかった、彼の右目から流れ落ちているように見える泪の白い絵の具。意図していないと本人は解説してくれたけれど、やっぱり絵とか音楽は実際に、自分の目や耳や肌で触れてこそのものだなぁとつくづく感じる。作品の裏話まで聞かせてもらって、より一層この絵が大切なものになった。



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ノダフルタ

Cの曲が多かった。反則な歌声、ギターリフ。
いいギターを買って欲しい。表現の幅が広がるように思うんだけどなぁ。
デモCDを購入。





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herpiano
先週に続き2週連続!(イエィ!)
アコースティックVer.だと旧曲も演奏してくれるようだ。
いつ聞いても良い。
音源が楽しみ。




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tatami
Bassが替わって初、というか何年ぶりだろう。
新Bassメンバーは、大鉄つながりだった。
曲のクオリティが上がってて、ギターの絡みが極上だった。




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by Tashinchu | 2016-08-28 18:30 | Live/Concert | Comments(0)

17082016

家族親戚一同で盛り上がっていたBBQ中に、木材と紐を使った知恵の輪が5つほど持ち込まれたところから、みんながそれに熱中し始めた。ポケモンGOよりも(誰もやってなかったけれど)人気が出ていたと思う。勝率は3/5なので、残りの2つはまた帰ったときに解決させるしかないだろう。ちなみに後日になって妹から残りの2つが解決したとのLINEが入った。

知恵の輪自体はシンプルで、直ぐに作ることが出来るものだったので、流木と100均の諸々で2つ作成してみた。意外と完成までに時間が掛かってしまったけれど、1つ目の知恵の輪に関しては頭の中でも出来るので、挑戦してみると頭の回転改善と疲労効果(疲労改善ではなく)に役立つと思う。

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繋がった輪っか(上写真)を2つに分離(下写真)させる






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左右にある玉(上写真)を片側に寄せる(下写真)




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by Tashinchu | 2016-08-17 18:00 | MISC. | Comments(0)

12082016

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帰静3日目。静岡市内の滞在を1日延ばして、静岡市美術館で開催中の「エッシャーの世界」展へ足を運ぶ。エッシャーと言えば上の写真(招待券ありがとうございます!)に載っている騙し絵のようなものを思い浮かべる人が多いと思う。実際一番知られた作品はそれなんだろうけど、僕の中ではこういう絵を描く人はかなり理数系でぶっとんでいると思っているので、それが本当かどうかを本展で確かめられるのではと期待していた。

お盆休みに入っていることもあり、ほぼ全ての作品の前に複数人が居て鑑賞している混雑状況だったのと、今回の目的は彼の生涯を時間軸に沿って追うことではなく“ぶっ飛び度”を量ることだったので、(勝手に命名すると)デアゴスティーニ式鑑賞法で周ることにした。これは、まぁ僕に限らずやっている人は多いと思うけれど、入口から順に周らずに一旦全てをチラ見して出口手前まで行ったあとに、気になる作品や関連のありそうな作品へ各々引き返して巡る方法。混んでいて次の作品を見られないとか、時間がないのでサクッと見たいとか言う場合に効果大でございます。


僕の予想は主観的な判断で言えば、当たっていたと言って良いだろう。騙し絵はただ描けば出来るようなものではないし緻密な計算の上に完成される訳で、彼の他の代表的な作品、例えば「昼と夜」や「婚姻の絆」などを見たときにも、その計算高いというか練りに練られた魂みたいなものが感じられた。「写像球体を持つ手」などは数学的な世界への真剣なアプローチと熱心で超絶なる集中力を見ることが出来て、終始ニヤリニヤリしながら開場を行ったり来たりする時間が続いた。そんな表情でウロウロしているからかスタッフさんの目にも留まったようで、最後の展示ブースではこの企画展に隠された秘密(というか嬉しいトリック)について探ってみては?なんて場面もあったりで、これを企画した学芸員さんも相当なニヤリ族なんだろうななんて想像した。

さて、チケットや告知ポスターを飾っている「滝」の前で気付いたことがある。この作品の前後には構想や下書きなどの滝に関連する資料・習作も展示されているのだけれど、習作のひとつには作品には2人(洗濯物を干す人と滝を見上げる人)だけではなく、3人目が描かれていた点である。滝を見上げる人の左隣に、彼とは反対の方角(作品的には右下方向)をバルコニーから見下ろすように男性と思しき人物が描かれていた。実際の作品からは消えていて、、、と思っていると、どうやら完成前に消されたような痕が残っているのに気付いた。上の写真をよく見ると薄っすらではあるもののその痕を見ることが出来ると思う。

洗濯物を干す人は見上げる人を、見上げる人は滝をそれぞれ見ているので、そういった作品内の人物の視線が示すものがもしかしたらあるんじゃないか?なんて、妄想は膨らむのであります。例えば、その消された第3人目が見下ろす先には洗濯物を干すひとに繋がっているとかね。滝は永久機関としてグルグル廻っている訳だし、何かそういう意図(糸)みたいなものが込められていたとしたら、これまた12ニヤリ進呈です。どうして消したんだろうなぁ。この知識欲に関して答えなりヒントを与えてくれる方、いたらコメントよろしくお願いします。


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何やら色々と写り込んでますが、いつものクリアファイルを購入して案内やチケットを入れ込んで展示廻りは終了。タイトルを忘れたけれど、これはエッシャーが平面の正則分割を突き詰めている時代の作品で、これも数学的に位置の移動や回転、すべり・鏡映を軸に描かれている。その基本的な解説を本人が作図によって示してくれている展示もあって、その作品は是非見て欲しいなと思う。去年アブダビ空港で興味を魅かれた、アラブのタイルモザイクをただ“見る”から“鑑賞する”ところへ持って行ってくれたに違いない訳で、もう少し前に知っていたらと思わずには居られない。

これは平面、つまりxとy軸の中での動きなんだけど、エッシャーが歳を重ねるにつれてxとyに加えてz軸の3次元での動きを加えた作品が登場してくるようになるのも、今回のエッシャーの世界展で是非是非体感してもらいたい部分。箍(たが)が外れたというか、ぶっ飛んでくることが良く判ると思う。ハロルド・スコット・マクドナルド・子セクターやブルーノ・エルンストといった数学・物理学者と交流があったことも年表から判るし、「バルコニー」という作品では、ブラックホールが実世界上に現れて目の前を通り過ぎていったときに見えるであろう世界が描かれていて、数学や物理にも精通しており理論天体物理学で浮かんだ映像を作品として描いていたんじゃないかとも思えてくる。というわけで、ブルーノ・エルンスト著の「エッシャーの宇宙」を購入してしまった。



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by Tashinchu | 2016-08-12 12:00 | Museum | Comments(0)

04072016

月曜休みの自分にとって、月曜定休でない美術館や博物館を探すのは至難の業で、あったとしても果たして興味を魅かれる展示が行われているかとなると、更にそれは大変なことになってしまう。前回「単位展」でここへ来たときには週末だったので、入場規制がかかっており20分くらい待ってから入場した記憶がある。今回はがらがら。じっくり作品を見、体感することが出来た。週末と平日ではここまで入場に違いがあるのか!?という感じでビックリだった。
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土木に関するデザインをアートの視点から切り込んでみようという企画展。「展」のフォントがザリガニかエビ、もしくはヤドカリのように見える。単位展のときとは違って展示数は少なかったけれど、直接触れるものや作品の中に入れるものが多く、しかも人も居なくて待たずに済んで、大満足の時間だった。特に魅かれたのは等高線・高度差グラフィックみたいなもので、以前ネット上で映像を見たことがあって、いつか触ってみたいと思っていたものが目の前にあるこの興奮。平日特権、パタゴニアのフィッツ・ロイでも再現してやろうかとおもったけれど、相手が砂ではプロテクションは取れませんね。。。でも、これは大人も子どもも楽しめるツールだなと是非表品化して欲しいと思ったのでありました。



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もうひとつは、ジオラマというか実物模型。何路線かが乗り入れている渋谷駅(新宿や池袋駅と違って上下に無計画なの?という風に広がっている)を模型として具現化してくれている、この男心をくすぐる展示にも心惹かれたのでありました。全体像を写すために結構後ろへ下がって撮っても人は写り込まないし、じっくり動線を観察できる至福の時間。もしこれを学校へ行く前に見られていたら、もう少しスマートにA to B出来たんじゃ無いかと思います。有楽町線から地上に上がってくる通学中の自分を、外から視覚的に眺める。こういうの好きな人は他にも居るんじゃないでしょうか。作りたくなりますねぇ。


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これは独りできて正解と思える企画展。ひとしきり楽しんだ後は、お土産屋さんでいつものファイルを購入して帰宅。銀座駅を具現化すべく、色々インプットしながら帰って見ることにしたけど、設計図やBlue Printがない状態から観察だけで模型を作り出すのは、相当の観察と時間と労力が掛かることをエスカレータを2つ下ったときに気付いたのでありました。静岡駅くらいから始めないと銀座駅は手ごわすぎます。




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by Tashinchu | 2016-07-04 15:30 | Museum | Comments(0)

10052016

新茶を飲むために買った訳ではないけれど、以前から注目している陶芸家の作品を購入した。
本当は茶碗とかが欲しかったのだけれど、それはそれはお高くなってしまうので、小さな馬上杯を。
ぐい飲みという選択もあったけれど、日本酒は飲めないし、ということで。

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彼女のトレードマークになってきている山帰来のにじみ具合が、ド素人からみても味があるのが感じられる。とりあえずまだ使うに至っていないけれど、デザートをのせて食べるのもありかなと思ったり。甘酒くらいならいけるかしら、とか、ワイン入れても良いかもとか、たったひとつも器を購入しただけなのに、それに何を入れて飲もう(食べよう)かとか、何料理に合うかなとか考えられるのだから、作品のもつエネルギーは凄い。末永く、そのおこぼれに与らせていただくことにしよう。


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4日に収穫して5日には完成した今年の実家の新茶。茶渋は1回きりなら付かないだろうけど、先ずはお酒でいっぱい行ってからですかね。


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by Tashinchu | 2016-05-10 20:30 | Foods | Comments(0)

25102014

城を後にして到着した松本市美術館。松本市は軍事施設を標的とした大規模な空襲を受けていないらしく、古い建物がそのまま残っているので歩いていて飽きが来ない。その影響か、路地裏の道幅が車社会には少しばかり狭いようにも思われたが、それでも水路を道脇に残した町並みには都心に無い土も豊富で、木や草が快晴の空の下に活き活きと輝いていた。なるほど、草間彌生の名前はまるで、本人の好嫌は別として、そのまま松本を表しているかのようにも思えてくる。

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途中、草間バスを目撃。ナンバーは気付いたけれど、拡大してみてドットのひとつにAutographがあるのには驚いた。消えてしまわないのだろうか、それともプリントなのか。


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「幻の華」 2002年 1057×1830×1625cm G.R.C、ウレタン塗装

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こちらにも彼女のAutographが。出てくるコーラのラベルが気になる。



美術館には草間彌生の常設展があり、幼少期から現在まで多くのコレクションを有している。2012年には静岡でも大きな回顧展があったようで、友人のFB更新を見ながら羨ましい気持ちでいっぱいだったのを覚えている。という訳で、彼女の作品群は初めて見たけれど、これで世界と戦ってやるんだと言う強い意志が、既に子どもの頃から出来上がっていることを「母の肖像」を見て強く感じた。スポーツでも芸術家でも、一流はそういうことが小さい頃から意識出来ているのだろう。信念を曲げずに勝負するというか勝負せざるを得ない時代だったのかも知れないことも、後日ミサオが借りてきた彼女の回顧書+語録「水玉の履歴書」(集英社)を読んで想像した。その中で「芸術家が特に偉くぬきんでた人種なわけではない。」と語っているところも面白い。

浮かんできた(もしくは脳が捉えた)イメイジを消え去らない内に書き残す大切さも再確認する。自分は幼少期に色々と疑問を持論で解決することや妄想をし、自身の中でクククッと笑いながら楽しんでいた時期がある。とりわけ宇宙のことは正解がないと思っていたので、月と地球の関係であっったり星と時間の流れを、自分の作り出した物理法則(は今となっては成立しないだろう)に当てはめて遊んでいた。結局のところ、そういった自分が思考していた多くの事柄については全く思い出せないものばかりだが、そんな中にも、別の問題を解決する糸口であり新しいものを生み出すアイディアめいたものが在ったのではないかと思うことがある。メモを取らなかった(というかとる必要性すら感じていなかったのだが)ので、それらは全て脳の記憶神経細胞のどこかに鍵を掛けられて永遠に解き放たれることは無いのだろうけれど、メモはそういったものを召喚するキーなんだろうと思う。Aという何気ないメモが、Bを解決するに至ることもあれば、更にCという疑問を投げかけてくることもあるかも知れない。そういう、自分の中で思考を輪廻もしくは反芻させることが自分を成長させていくのではなかろうかと、常設展の途中に仕切られた鏡の部屋で10秒くらいの間に、ぶわぁっと沸いてきた。

まだまだ勉強が足りないけれど、知りたい欲は留まるところを知らないのでチャンスはあるのかも知れないと、少し勇気をもらった時間だった。草間作品というと水玉とカボチャというイメイジが沸くと思うが、僕としてはその鏡の部屋と「愛はとこしえ」が印象に残っている。






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by Tashinchu | 2014-10-25 12:00 | Museum | Comments(0)

21082014

ジブリ関連の企画展はどうやら、パーツやエレメントを分解してその本質に迫ろうとするのがセオリーらしい。先日の「ジブリの立体建造物展」は、“部分を見れば、全体が見える。”と銘打たれていたし、今回の「山本二三展」では、“背景が語る”と標題めいたものがポスターの脇を固めている。展覧会はそもそも、全体(全容)を展示するか何か一点に絞るかのどちらかが多いので(二三展はその観点では両方の特性を持つ濃度の高いものだったが)、無理やり分類するなら後者に関連付けてしまうだろう。山本二三氏をジブリの枠組みの中だけに捉えようとすること自体お門違いだが、僕が二三展を無理やりにでもジブリと関連付けてしまうのには、先に訪れた立体建造物展での妄察の答えめいたものが、遠く離れたこの展覧会で得られた影響が少なくはないだろう。


週遅れのお盆里帰りで松坂屋前バス停に到着したのがお昼過ぎ。時間はまだまだたっぷりあったので、そのまま実家へは帰らず静岡市美術館へ足を向けた。JR静岡駅の北口から3分ほどの距離にあるのが素晴らしく、しかも地下道を使えば一度も屋外に出ることなく辿り着けるのが気に入っている。多くの美術館・博物館がそうであるように、せっかく素晴らしい展示を見た(見る)のに車や街の喧騒が見えてしまうと興ざめすることがないだろうか。クラシックのコンサートなんかもそうだ。地下道で行けるとは言っても多くの人工物・音や人々と遭遇することは確かなのだが、車の流れを見なくて済むのは、余韻に浸るという意味でポイントが高く後味が良い。帰省荷物で身を固めた自分だったが、コイン返却式のロッカーに行く時間が惜しくてそのまま入館し入場ゲートをくぐった。鑑賞中に少し後悔もしたけれど、館内に居たほとんどの時間はその重さを忘れるくらい熱中していたと思う。

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自分の脳がそれまでの展示では感じなかった何かを認識したのは、カチカチ山(1997年・未公開)のイメイジボードと背景画のところだっただろうか。97年といえば、もののけ姫公開の年。カチカチ山の原作はあの童話であり、二三氏はそれにも参加していたことになる。通常、1作品に1人の美術監督のところを、もののけ姫の製作時には美術(統括)担当が異例の複数名体制(しかも美術業界の重鎮ばかり)で臨んでいたようで、宮崎監督の並々ならぬ意気込みが伝わってくるこのエピソウドは、もののけファンの間では有名らしい。作品の規模にもよるだろうが、美術監督業を年に数作品というのは日常茶飯事だろうと思うのに、何故カチカチ山は公開に至らなかったのか、少し気になるところである。ただ単に企画が頓挫・打ち切られたのか、もののけ姫と時代が被る為なのか、はたまたもののけ姫の製作に注力したかった為の決断だったのか。原因が作品自体からではなく、もののけ姫という外的要因から来たものであったら、という想像が膨らんだ瞬間だった。自分の好きな色味と階調で描かれたカチカチ山の背景画等が、公開してくれていたらという思いを一層強くした。


火垂るの墓は、(今では考えられないことかも知れないが)となりのトトロと同時公開で、美術監督は二三氏が務めていた。ジブリの教科書第3弾「となりのトトロ」の中で、鈴木氏は二三氏を高畑監督に取られた宮崎監督をなだめるのが大変だったことや、トトロの上映時間が延びたのも火垂るの墓を意識してのことなんですよ、などのエピソウドを語っている。火垂るの墓といえば、サクマ式ドロップスの周りをまうホタルの絵が浮かんでくる人も多いと思うが、そのイメイジボード「捨てれられた思い出(87年)」を見ると、二三氏を高畑監督に取られた宮崎監督の胸中を感じられずにはいられない。天空の城ラピュタで美術監督を任されたのは二三氏。宮崎監督としては、次回作のトトロにも是非という思いがあったのだろう。ラピュタと火垂るの背景を比べると、全くアプローチが違ってはいるものの中軸となる部分には二三氏のブレない業が見てとれるのだから、宮崎監督の思いは尚更だろう。それまでのアニメーションではなかった細密で忠実な描写と表現が本当に素晴らしい1枚を見ることが出来た。



さて、ジブリの立体構造物展で考えた自分の妄察の答えというか妥当性を、今回の会場の一番最後で、しかも高畑監督の話の引用文から得られたのは本当に驚きだった。(※この先の本文には、その展示内容でもある引用文を載せているのでご注意。)



妄察は、
1.ものの見え方(の嘘)
2.光の表現(の嘘)
だった。

そして、これら2つを緻密に細部にまでこだわって描くことにより、それを嘘と感じさせず錯覚(≒アニメーション)として“ジブリ作品が持っている何か”へと昇華させてしまうのがジブリの仕事の凄さだと結論づけた。



では掲げられていた引用文を抜粋して載せてみる。

山本二三さんの美術を語る高畑勲
(中略)
骨組み(レイアウト)は、簡素なままに描き込みを増やし、あたかもリアルアニメの場合のように、それを構成ある素材・部品に細かく精緻な物質感(テクスチャ)を与える。すると、リアルな「リアル」でないが、別の「リアル」がそこに立ち現れる。
こうして『じゃりンこチエ』の世界は、一種の精潔なファンタジー世界として、充分にリアリティーを獲得したのである。
(中略)
山本二三背景画集(廣済堂出版 2012年)

-引用終わり-

まず、じゃりンこチエはジブリ作品ではない。そして、この引用文も自分の妄察の答えを正に語っているものではないが、感覚的な部分では同じようなことを、高畑監督が指摘しているのではないかとこじ付けるのは自分のエゴなのだろか。ただ、高畑監督が感じるようなことの一角くらいのことを自分も感じられた(のではないかと思う)ことを素直に喜びたい。同時に、監督が「虚実皮膜」になっている現代社会を憂い(愁い)ていたことも付け加えておきたい。

虚実皮膜=ここでは、アナログな部分をデジタルにしてしまうことで生まれる長短所。例えば、オーケストラ演奏をCD化することによって聴こえてこない部分が出てしまうことであり、アニメの緻密さをCGで描くことでリアルさが増すが失われるだろう部分もあること、と自分は解釈した。




最後に、自分のお気に入り作品はこちら。

“ギガントコントロールルーム” (未来少年コナン、背景画)
“火炎” (火垂るの墓、カラーボード)
“捨てられた思い出” (火垂るの墓、イメイジボード)
“シシ神の森(5)” (もののけ姫、イメイジボード)
“コダマの道(2)” (もののけ姫、背景画)



山本二三展は2014年9月23日まで静岡市美術館で開催中である。ちなみに、同美術館の入っている葵タワー内の料理店他で半券を提示すると、コーヒー無料や代金10%OFFなどのお得なサービスが受けられる。


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by Tashinchu | 2014-08-21 13:00 | Museum | Comments(0)