音・岩・光

タグ:Architecture ( 17 ) タグの人気記事

24102016

新橋へ行く予定だったけれど鎌倉へ。天気はすこぶる良いが、日陰にいるとヒンヤリした寒さが芯に迫ってくる。朝の早い時間帯の湘南新宿ラインなら、乗り換えなしの直通で北鎌倉駅まで繰り出せるものもあるらしいが、自分達は戸塚で乗り換えてそこから北鎌倉入り。今日はここから鎌倉駅まで、大仏コースと称されたハイキングコースを歩き、鶴岡八幡まで足を延ばすスケジューリングを立てた。


c0238497_18000265.jpg
大船観音がお出迎え
非常に親近感の沸く観音様


北鎌倉駅はビブリア古書堂の事件手帖の舞台でもある。全巻読破したけど細かな固有名詞は忘れてしまったので、最初の目的地(といっても駅から数10秒なんだけど)円覚寺が舞台なのかどうかすら怪しい。まだブームが残っているなら、看板なんかがあるんじゃないかと期待してみることにした。一応これは本日の裏目的。表はというと、鎌倉にある国宝の内の3つを見てまわること。三角点ハントはお休みして、国宝ハンティングを1日歩いてしようという感じ。円覚寺はえんがくじと読むようだ。



c0238497_18000369.jpg
三門(山門)はスケールから違った




東京都心から直ぐ、しかも歴史のある鎌倉なので、いつも混みあっている印象だったけど、境内入口から人は少なくて音もあまりせず良い感じ。北鎌倉だからなのか、週末じゃないからなのか、最終的に大仏様や鶴岡八幡まで出てみるとバッチリ混んでいたので、北の影響が強いんじゃないかと思う。静かに神社仏閣を巡りたいなら北鎌倉だとそう感じた。

ここ円覚寺には2つの国宝がある。開始から2つも見られてしまうのは嬉しい。この時点で残り1つになってしまうんだけど(しかもそれは何度も訪れている大仏様)。境内の奥まったところに2国宝は位置しているので、後ろの予定も詰まっているし、サクサクっと見て周るべきなんだけど見所が満載で思うように前に進めず、観光客はいないけれど建物や風景に行く手を阻まれている感じ。

c0238497_18000358.jpg
c0238497_18000305.jpg
c0238497_18000446.jpg


Hiroは潔く単焦点レンズ1本でやってきた。僕はというとRFカメラなので3本も欲張って持ってきてしまい、更に歩みが遅くなる。しかもバッテリーの持ちがすこぶる悪いので、この時点でバッテリー残量が3段階表示の2/3に減少。最後の1/3はないも同然なので、半分消費してしまった計算になる。1つ10,000円以上もするユーザーアンフレンドリな予備バッテリーを失くしてしまったことが悔やまれる。


c0238497_17595989.jpg
年に数日しか公開されていない国宝舎利殿
何10mも手前からしかその姿は拝めず



c0238497_18000004.jpg
長い階段を登っていくと、2つ目の国宝 洪鐘に辿り着く
関東で一番大きな鐘楼なんだそう




鎌倉時代は戦国から江戸時代の建物とは違って、奈良や平安期に見られるような大陸の影響が少なからず見られて楽しい。大きく言ってしまえば、奈良・京都は1000年の都の面影があるけど時代が一箇所に渦巻いていて判りづらく、東京は戦国以降の様式や日光東照宮に見られるような徳川権威の装飾が凄まじい部分がある。1000年前の中世(でいいのかな?)建築や歴史がポツンと切り取られたように残っている、鎌倉の魅力はそこにあるんじゃないかと思うし、その辺に注視してみてみると面白いと自分は思っている。


c0238497_18000090.jpg


お堂内の木像は撮影禁止だったけれど、係りの人に「堂内ではなく垂木を撮りたい」旨を伝えると、それであれば問題なしとの回答をもらい撮影させてもらったのが上の写真。判りづらいけれど、2段になった垂木が梁に対して放射線状に伸びているこのお堂。造りが宝形・方形造なので当たり前と言えばそうなんだけど(中から見てみたい!)、その係りの人の話によると舎利殿の垂木もそうなんだとか。遠目では入母屋造りに見えた舎利殿に放射垂木、実際は寄棟であったとしてもこれはますます見てみたくなる。年に何日かある一般公開はいつなんだろう。お礼にという訳ではないけれど、この佛日庵で人生初の御朱印をいただいた。御朱印集め、したくなっちゃうのかなぁ。ちょうど開催中だった鎌倉名所スタンプラリーは、もれなく用紙をゲットして、まんまと企画者の術中にかかってペタペタすることになったという。









c0238497_18000179.jpg
浄智寺境内を横から



バッテリー表示を見るのが怖くて、ここから写真はあまり撮らずに大仏コースを進んで行く。円覚寺の次は、東慶寺や浄智寺を拝観するんだけど、円覚寺で相当のバッテリーと時間を使ってしまったためスルー。帰宅して調べてみると、このあとにやってきた丘陵地の天辺を稜線歩きのように進むハイキングコースは「葛原岡ハイキングコース」と呼ばれているようだ。後半部は「大仏ハイキングコース」らしい。保育園や幼稚園の子どもたちも歩いていたし、バックパックで観光中のポルトガル人カップルがいたのも頷ける。眺望はあまりないけれど、名前の由来になっている葛原岡神社付近では、僕らは見られなかったけど富士山も見られるらしいし、どんぐりなんかの木の実や落ち葉も沢山落ちているし、とにかく地層・地盤のようすがまじまじ見られて楽しいコースだった。コナラが餌物を探している姿にも遇えたし、自然は豊かで街の活動音も聞こえてこない快適なハイキングコースで、期待以上のオススメハイキングコースだと思う。


c0238497_18000254.jpg
海が見えるポイントも一応ある



c0238497_10092581.jpg
トンネル工事は終わっていた
10年以上前は工事最中に歩いてくぐった記憶がある


丘陵地を行くハイキングの終了地点はトンネル脇。こんなところに降りてくるんだ。鎌倉幕府がこの場所を選んだ理由が良く判る、丘の向こうとこっちを結ぶ大仏切通しは寄り道すると見られるので、最後に急な階段をひと登りして確認してきた。下りてくると一気に車や人の音が大きくなって、街にやってきた感がプンプン。少し歩くと多くの外国人観光客に囲まれた大仏様が迎えてくれた。


c0238497_10092641.jpg
広角で撮ると足長大仏になる
年始に始まった補修工事も終わり、お姿を拝められる



c0238497_10092696.jpg
三猿と太陽・月が目印


高徳院の入口では青面金剛像がひっそりと鎮座しており地域の信仰の様子が見られる。鎌倉の土地・地盤、切通しを見るハイキング、奈良・平安と戦国・江戸時代に挟まれた隙間建築のようすを実際に見ていると、教科書って本当に重要な“ことがら”しか書かれていないのを実感できる。それと実際とを見比べていくと理解は深まるし新たな発見や知見、疑問も生まれてくる。旅とまでは行かなくても、日頃のベルトコンベア生活に刺激を与えてくれる散策はやめられない。もっと若い頃、例えば修学旅行のときにそれをしていたら、もう少し刺激に富んだ20代を過ごせていたように思う。


c0238497_10092783.jpg
唐招提寺と同じ飛角地円
簡素な三手先と対照的



大仏殿の裏手には、朝鮮の古い建造を大正時代に移築した観月堂がある。朝鮮のいつの時代かは書かれていなかったけど、丸材と角材の垂木で大体の時代を特定できた。少しばかり建築眼のレベルが上がったのかなと、気分は上々で次の目的地へ。とりあえずここで大仏ハイキングコースは終了。江ノ電長谷駅まで歩いて移動。途中、長谷寺経蔵内の木組みを見たい衝動を横目で流し抑えつつ、散策の終着地 鶴岡八幡宮へ歩みを進める。




c0238497_10092764.jpg
江ノ電にドア上の液晶TVはなんだかなぁ


c0238497_10092801.jpg
現在は立ち入りが禁止されている
一原有徳の企画展のときに、館内に入っておけたのは幸いだった



昨年度いっぱいで閉館した、神奈川県立近代美術館 通称「鎌倉館」の取り壊しニュースにはビックリしたけれど、建物を補強・補修して保存の方向で進んでいるらしくホッとしている。現在の様子はどんなだろうと寄り道をしてみたけれど、建物に宿る魂が抜けたような、急に老け込んだ表情になっていて淋しかった。また蓮の池の向こうに四角く凛々しい姿を見せてくれる日がくることを願って止まない。


c0238497_10092800.jpg
台風で倒れた階段脇の名物(隠れ討ち場所とも)だった大銀杏
これもまた悲しい出来事だったけれど、枝子がすくすく育っているみたいだ




八幡様にお参りに来たというよりは、色々確認しにきたような詣になってしまった。西に陽が傾いて、鎌倉の町が一層ノスタルジックに見える。僕の中では鎌倉には雨と紫陽花が似合うと思っているけれど、秋の空に、霞みざらつく町並みをこの場所から眺めるのも、歴史の表舞台からは沈んだ鎌倉な感じがしてきて哀愁が香ってくる。由比ヶ浜に真っ直ぐのびる若宮大路の眺めが素晴らしい。本宮への階段を登り楼門へ辿り着いたとき、なんとなくハウルの動く城のサリバン先生の場面と重なったのは何だったんだろう。



c0238497_10092988.jpg

c0238497_10092843.jpg
何だったんだろうつながりで
鶴岡八幡入口三の鳥居脇にて



行きと同じく、表参道(で良いのかな?)の若宮大路を真っ直ぐ海に向かって歩き返し、二の鳥居をくぐったところで小町通りへ。この鳥居下では結婚式を挙げた新郎新婦が撮影をしていた。なるほど、広角レンズと段葛を上手く使うと相当に遠近感のある写真が撮られそうだ。思い返せば行きの大路歩きで感じた、下校する小学生と僕らのすれ違い幅が段々狭まってくるように感じられたのも段葛が原因なんだろう。

改めて教科書の「テストに出るよ、ここ用語」も大切だろうけど、実際に来て見て感じてみるのが体験として身に付くなぁと思った今日のハイキング+散策。ネットで情報がうじゃうじゃしている現代だからこそ、頭でっかちにならないように、たびたび実地に繰り出してみようと思う帰りの電車内だった。ちなみに、鎌倉駅から帰りのJRは混むと予想していたけれどその通り。ただ先頭車両は空いているのを、ホームに滑り込んでくる電車を眺めていて確認できたので、次回はそこを狙うことにしよう。ビブリアのイベントが開催中らしいことが判明したので、近いうちに友人を訪ねつつMisaoさんと再訪してみようと思う。




[PR]
by Tashinchu | 2016-10-24 17:00 | Sightseeing | Comments(0)

12092016

全国的にブームになっている、らしい、ダムカード。マンホールカードもあるようで、こういった収集系にめっぽう弱い私。スタンプラリーや御朱印集めも、都内にいる内に始めておこうかなと思うのである。

大井川水系では4枚のダムカードがゲットできる。ポケットに入るモンスター集めが流行っているけれど、空想の中の話じゃなくて実際にカードがもらえるような、アナログな収集にしか興味が沸かないらしい。実際のところは、結構な頻度で帰省してるし、近く北米(でしかGetできないモンスターもいるらしい)にも行くし、アプリを入れようか本気で迷っていたところではあるのだけれど。


c0238497_12254055.jpg


もともと自分独りで行くつもりが、昨日の続きで5人のメンバーで上流へのぼることになった。1人1枚なので、一応5枚手に入ることになる。欲しい方、交換できるダムカードを提示の上ご連絡ください。

というわけで、やってきた長島ダム。小中の地元の友人で長島君がいて、自分の苗字のついたダムカードがこんな近くでゲット出来るなんて羨ましいと思い、では自分の苗字のダムはあるのか!?そしてそのダムはダムカードを発行しているのか気になり調べてみたところ、どうやらダムは長崎にあるらしいことが判った。カードの有無については判らないけれど、妹夫婦の旦那の実家が長崎なので、年末に帰省するなら調べてきてもらおうかなと思っている。


c0238497_12260346.jpg
ダムの隣にある資料館ではダムの(分水嶺を含めた)水源などを記した地図が無料配布されている



c0238497_12260393.jpg
静岡の隠れた名所
両側から掘ったトンネルがズレて開通している




[PR]
by Tashinchu | 2016-09-12 09:00 | Comments(0)

01092016

国際運転免許を発行してもらうため、仕事前に東京都庁へ。

免許関連の庶務を担当する部署までやってきたところ、既に入口まで列がはみ出してきていた。仕事に間に合うかどうか心配だったけれど、とりあえず並んでみると、するすると列は進んで行き、数分でカウンター前に立っている。カウンターは4人がきびきびと対応していて、どうやら運転免許更新の人々が、列の大半を占めているようだった。

というわけで、役所お決まりの「番号順に進んで行く」のをやっていくことに。確か写真撮影→①→④→③の順にと言われたんだっけ? また色々待たされるのかなぁと思っていたら、ものの5分で全てが終了。後日発行でも無く、即時発行で、トータル10分も居なかったんじゃないかと思う。1時間の猶予を持ってやってきたので、都庁の展望室にでも行ってみようかと思いたち、地下に設けられた専用エレベーターに並ぶ。むしろこちらの列の方が進みが鈍かった。


c0238497_09175058.jpg
c0238497_09175049.jpg

上は新宿駅側、東方向を見ている。駅ビルとか、遠くには東京ドームとスカイツリーが見えていた。下は原宿・渋谷の南方向。緑が広がっている部分は明治神宮御苑と併設する代々木公園。今年はデング熱どうだったんだろう、なんて頭をよぎっていた。西側に周って、富士山は見えないかと思ったけれど、霞と地平線上の雲で見られず(下写真上)。北西側、池袋や埼玉・秩父方面も同じように遠くは霞んでいた(下写真下)。


c0238497_09490920.jpg
c0238497_09413677.jpg


というか、四方八方ビルばっかり!そりゃ人もうじゃうじゃ居る訳だと納得。この展望台は無料なので、海外から来ている観光客の数も多かった。フランス語を話すガイドさんを伴ったグループや、アジアの富裕層(なのは巨大なカメラ+レンズ2台を肩から下げていることからも明らか)の集団など、多くの人で賑わっていた。僕も今度広角レンズを持って帰ってこようかな。夜景もここから見られるらしいし。



[PR]
by Tashinchu | 2016-09-01 10:00 | MISC. | Comments(0)

20112015

日本に残っているフランク・ロイド・ライト設計の建物は、もう片手の数ほどしかないそうだ。そのひとつである明日館へ。解禁となったボジョレー産ワインを飲むイベントが開催されていた。ワインは飲まないけれど、この日は頑張って飲んだ。味はいつものワインと区別が付けられない燦々たるものだったけれど、建物は興味深々でMisaoもぐるりと館内を気ままに周っているようだった。

c0238497_10045095.jpg
華の金曜日、池袋駅改札口





夜間にもスタッフによる説明付きの館内ツアーがあるみたいで、自分達もそれに参加。ライト氏と館の関係や弟子との交流など、楽しい話でいっぱいだった。自分としては消防法と暖炉の関係の話が非常に興味深かった。なるほど、そういうことかという感じである。


c0238497_10045569.jpg
c0238497_09533891.jpg
c0238497_10050081.jpg



[PR]
by Tashinchu | 2015-11-20 18:30 | Architecture | Comments(0)

22122014

師走の上下


c0238497_08244611.jpg

c0238497_08214486.jpg

[PR]
by Tashinchu | 2014-12-22 11:00 | Photograph | Comments(0)

25102014

あずさ1号は山行へ向かうハイカーでごった返していて、全ての自由席車輌が新宿発の状態で乗車率150%ほどはあったのではないかと思う。立川から自由席車輌に乗り込むはずだったが、川崎周辺の通勤ラッシュ並の混み具合でドアへも近づけず、指定席車輌のドアへと周りこんで何とか入ることが出来た。八王子でもまた人が乗車し、連結部のエリアはかなりの混雑に見舞われていたが、大月、甲府、茅野と進んで行くに連れてその数は減り、あずさ乗車後半戦は席について景色を楽しむことができた。週末、特に行楽シーズンは車輌の中ほどに指定席を確保するのが得策だとつくづく思った。

10:00前に松本駅に到着してまず向かったのは国宝松本城。静岡県袋井市には「国宝」と書かれた看板が出ているお寺があるけれど、こちらのお城は正真正銘の国宝である。駅へ降り立って空に目をやると、抜けるような快晴が広がっていたので、逆さ城を拝めるかもという期待が膨らむ。快晴の日は、無風か強風が多いからだ。水面が波打っていても、雲の無い空に城の姿は良く映えるのだから、行くしかないだろう。



Brunchを食べに城外へ一旦出て、にわかに観光地めいてきた松本城へ舞い戻る。かなりの観光客で溢れている。城内ツアーでは最上階手前が渋滞中。当時の人からすると、ここまで多くの人が城内最上部に来ることなどは想定していない訳で、当たり前と言えば当たり前だろう。まだまだ空には雲ひとつ無い。湿気が多いのか市街地特有の霞なのか、北アルプス手前辺りから視界が急激に悪くなっていたので、案内板には微かにその頭だけが見えるとあった槍の姿は見ることが出来ずだった。



松本城は取り壊されるはずだったものを改修保存したのだそうだ。柱を見るだけでも、創建当時の継ぎ手と大改修時に追加されたのであろう突き出た2本のボルトとの、コントラストが時代を感じさせる。込栓をボルトに換えた追掛大栓継ぎなのか、ボルトは後から足した金輪継ぎなのかは、よく判らない。
手前で最上階への階段を待つ観光客の話を小耳に挟んだのだが、城改修前夜の松本城は、見た目にも傾いていたらしい。そうすると、補強のボルトの多さも頷けてきたりする。

[PR]
by Tashinchu | 2014-10-25 10:30 | Architecture | Comments(0)

17052014

人間は機械ではない。そして主観や思い込みで色々と判断を下してしまうところがある。しかし、白黒つかないグレーな部分が人間の味とも言えるだろう。コンピュータによって計算され、機会で完璧に切り出された部材を寸分違わず組んだところで、パーフェクトな楽器は出来上がらないはずだ。むしろ味気も無い工業製品のような出来上がりになってしまうだろう。楽器の良し悪しは一定以上の技術は必要だが、人間の主観(ここはこうするのがいいだろう、など)があってこそのものであり、それが結果としてそれぞれに個性のある面白い個体を生み出しているように思う。機械の作る個体差と1人の人間が作るそれは、実際に出来上がった現物でもそうだが、言葉としての意味合いも明らかに違ってくる。そんなことを両展示会巡りで感じた。

c0238497_11174115.jpg
両展示会の案内




まずは明日館で開催中の日本バイオリン製作研究会の作品展示会から。まず、この建物は“あす”ではなく“みょうにち”と読むのだそうだ。看板のローマ字表記を見て驚いた。妙に痴漢とも読めてしまうが、フランク・ロイド・ライト設計の由緒正しきこの重要文化財を、そんな風に読んではいけない。ここでは挙式なども出来るようで、この日もパーティか何かの催しが本館で行なわれていたようだった。タキシードやドレスをまとった人の影がちらほらと園内に見える。本館全面には芝生の前庭が広がっており、バラの生垣が本館正面をぐるりと囲むよう延びていて、ほのかな香りを運んできてくれていた。その生垣の外側の舗装された小道を横切って、別館で開催されている楽器展示会会場へ足を踏み入れた。

c0238497_09243285.jpg
明日館




ちょうど、展示されている新作楽器の試奏コンサートが行なわれているところで、独りの演奏家によるヴァイオリンの弾き比べを3艇ほど聴くことができた。1時間毎に、演奏家の試奏コンサートと来場者の楽器試奏時間が入れ替わるようなスケジュールだったようだ。コンサートではそれぞれの楽器で、同じスケールを同じ弓で弾いてくれるので違いをつかみやすい。主観が随分と入っているけれど、新作楽器といっても鳴るものは鳴るし、癖の出方もさまざまで興味深かった。A線に力が無いもの、3rdポジションでの鳴りが凄いもの、E線がキンキン言うもの、低音に深みのある鳴りがあるもの、十人十色である。

試奏コンサートが終わると、会場に詰め掛けていた100人弱ほどの来場者が一斉に、これまた40艇ほど出展されていた楽器を試奏し始める。ちょっとカオスな風景だった。同じフレーズを繰り返し念入りに試奏する人、ここぞとばかりに超絶技巧を見せてくれる人、始めたばかりなのかおっかなびっくり楽器を弾いている人、辺りはオーケストラが演奏前に行なうチューニングを更にぐちゃぐちゃにしたような音と人々の話し声で溢れていた。「弦楽器」の展示ということで、ヴァイオリンの他にもチェロなどの出展もあり、面白いものではヴァイオリンとヴィオラが1台になった5弦の楽器などもあって、色々と刺激を受けた。


c0238497_11172811.jpg
c0238497_11172311.jpg

僕的には上写真の1艇が一番バランスが良く、しかも鳴っているような印象を受けた。この楽器は鈴木さん製作で、数少ない女性職人によるもの。弦高が明らかに他の楽器と比べて高かったのが、鳴りの原因かも知れないが、この楽器は弾いていて気持ち良かった。製作者とも話が出来るのもいい。弦高が高いのは、スケジュールが押してしまい、駒の調整を念入りに出来なかった為なのだそうだ。つくりに関しても、期限に間に合わせる為に泣く泣く妥協したところもあったのだそう。なるほど、締め切りがあると結構大変なんだなということを思う。

そういう裏事情を教えてもらうと、他の展示楽器で感じた「詰めの甘さ」みたいなものが思い出されてくる。ニスが完全に乾いてないのでは、というものもあったし、期限があるとそういった弊害みたいなものも出てくるのだろうか。もしくは新作だから慣らし運転をしていないという部分もあるだろうし、僕の腕の無さが影響しているというところもあるだろう。けれども、1艇1艇まるで別人のような鳴りと個性を持っているところは、楽器製作の奥深さと面白みである。どれが一番いいのかというのはコンクールで行なうべきもので、この展示会で僕は、沢山の楽器をなるべく主観を殺して客観的につかむことに努めていたけれど、なかなかそういうことは難しいことも痛感した。








場所を都心から今度は横浜へ移動して、みなとみらいにある島村楽器で開催中の弦楽器フェスタへ。

オールドやモダンに新作を含め、イタリアを中心にヨーロッパの楽器が展示されていたが、興味深いのは、ヨーロッパの新作と先ほどの弦楽器研究会の新作楽器が、まるで違う雰囲気と佇まいをしていたところだろうか。簡単にいうと、日本人の製作した楽器は「新作=新品」という感じで、綺麗な外観をしている。確かにニスをオールドっぽく塗ってあるものや、傷をつけているものもあったけれど、ヨーロッパの新作は、新作なのにオールドっぽく仕上げられているところが面白い。通常、スクロール(ヘッド部分の渦巻き)は調弦の際に長年に渡って触られるために、磨耗して木材の角が落ちてくるが、ヨーロッパの新作の全てがそうとは言わないけれど、その辺の経年磨耗の具合まで再現して新作楽器を製作しているところが日本とは違うように思えた。どちらかというと自分はあまり好きではないのだが。


c0238497_11173246.jpg

こちらの展示会で惹かれたのは上の1艇。チェコのVaclav Pikrt(ヴァーツラフ・ピクルト)氏によるもので、これでも新作なのだ。ヴァイオリン製作でも有名な一族(系譜)はあるもので、チェコにはシュピードレン家という名門がある。そのファミリーのヤン・シュピードレンの唯一の弟子がピクルトなのらしい。ピクルト自身はもともと彫刻家として活躍したいたらしく、モノとしての美しさが存在していた。音も自分の好きな音色である、ねちっこくて深みのある音で、モデルはストラドらしいけれどガルネリっぽい感じがしないでもなかった。透明で煌びやかな音の方が総じて評価が高いような風潮があるけれど、僕はこういった渋くてどちらかというと暗い音のほうが好きなのだ。

他にも現代イタリアの名工の作品が沢山展示されており、沢山の楽器を試奏することが出来たのは収穫だった。名工ともなると、新作なのに物凄く鳴る。弦楽器研究会の新作とは比べ物にならないほどだった。何が違うのだろう。弓という要素もあるので難しいところである。研究会の展示会では、さほどいい弓を提供しているようには思えなかったので、もしかしたらいい弓で弾いたら同じくらいなったのかも知れない。この辺が楽器試奏の難しいところでもあるし、また沢山弾きすぎて何が何だか、自分の感覚が良く判らなくなってしまったというのが悔やまれる。

あと、金額的に高くなればなるほど、弾いている自分の感覚としてはA線のパワーが無いように思えたのが不思議だった。演奏側と聴き手では音の印象も違うだろうし、その辺も詳しく調べてみたいところである。今回は独りで両展示会を回っていたけれど、運よくこちらの会場では友人も出来たし、彼も同じく演奏するので、今後は2人で展示会を回ってみたい。弾き手と聴き手の印象も判るだろうし、1つの楽器について演奏してみて客観的に(とらえるのは難しいが)意見交換が出来るのもプラスになると思う。次回の開催は5/24・25の新宿PePe店。Marcello Belleiの講演会もあるので、時間が取れれば出掛けてみようと思う。



[PR]
by Tashinchu | 2014-05-17 16:30 | Instruments | Comments(0)

15052014

c0238497_21104663.jpg
c0238497_21104019.jpg

[PR]
by Tashinchu | 2014-05-15 12:30 | Books | Comments(0)

27042014

鎌倉は雨が似合う。

200円の透明ビニール傘で歩くのは気が引けるが、JR鎌倉駅から小町道りへ入ると、色とりどりの天道虫が道いっぱいに行進をしているように見えた。GWが始まったんだなと思う。


沢山の傘の列に別れを告げ、やってきたのは神奈川県立近代美術館、通称は鎌倉館。鶴岡八幡宮へ向かう人は多いが、その境内の一角にひっそりと存在しているこの建物へ来る人はそんなに居ないようだ。八幡宮の大きな鳥居をくぐると参道の両側に池が広がっていて、その左側の池の向こうに見える四角い箱のような建物を何となく覚えている人もいるだろう、それがこの近代美術館である。入場口は鳥居からではないので看板をしっかりと確認する必要がある。

c0238497_10142997.jpg


この鎌倉館が存続の危機に立たされている。飛騨高山の更新でも登場した、ル・コルビュジエ(コルビジェ)のモダニズム建築の影響を受けているこの建物。それもそのはずで、デザインしたのはコルビュジエに師事した坂倉準三である。彼は他にも、岡本太郎邸(現岡本太郎記念館)や渋谷駅南館などの設計を手がけており、日本のモダニズム建築の重要人物として知られ、この鎌倉館はその時代を今に伝える貴重な建築のひとつとなっている。再開発などで、この時代の多くの建築物が日本各地で解体されている実情を考えると、致し方ない部分もあるかも知れないが、神奈川県よ何とかしてくれないものかと思ってしまうところである。徐々にでも良いので世間の関心事となってくれたら良いのだが。



c0238497_10140048.jpg
ミサオもコルビュジエやミース、フランク・ロイド・ライトと聞くと、触手が動くようだ。




c0238497_10521698.jpg


そんな鎌倉館のお仕事は当然のことながら美術館業。今回はこちらの展示会に行ってきた。とにかく鎌倉館に行きたかっただけで、開催中の展示会にはそこまで興味がないという非常に不純な動機だったのだけれど、まんまとそれを裏切ってくれるほどの凄さが、この展示会にはあった。brochureに載っている上の写真を見て欲しい。まず驚いたのは、これが版画であることだ。他の作品には、CGで描かれたとしか言いようのないようなものもあった。しかも、これらの作品が1970年代前後から90年代にかけてのものと言うのが恐ろしい。一貫して同じアプローチで作られ続けていることにも驚嘆してしまう。

館内で作品を見始めてからの数分間、何か夢でも見ているかのようで、サッパリ理解が出来ない自分がいた。作品の出来上がっていく過程を想像しても全く浮かんでこなければ、幾何学的に浮かび上がった得体の知れない模様に不安さえ覚える。今までに見たことの無いものに触れると、人間は好奇心と共に少なからず恐怖を感じる、まさにそんな時間が続いていた。彼の作品には明確なタイトルが付いていないところにも、捉えどころのない異次元の雰囲気を助長させている。「<銅のメモ>より」というタイトルの付いた作品が、ずらっと並ぶ中、胞6という作品の前でようやく作業工程が少しだけ見えてきて興奮した。茂木健一郎的に言えば、アハ体験である。なるほど、彼は実に面白いことをやっていたんだなと言う感じで、ここから以降の鑑賞は、非常に楽しいものへと変化した。


お気に入りを挙げるとするならば、
g2 キャベツを輪切りにしたような人間が、にゅうっと存在している
幽2 太平洋に浮かんだ2つの小島を、鳥瞰図で見ているよう
HOW(A) 青い気泡と水玉の胞が画面全体に沸いていて、曼荼羅のようだ
EOE(b) 子宮内を進む精子の群れ
251 判に捺され逆さになった251の数字が見え、タイトルとの関係性が唯一判る1枚
こんな感じで自分のメモには書かれている。


彼は登山家・俳人としての顔もあり、執筆した本や読まれた俳句などがドアを隔てた第2展示場に並んでいた。こちらの作品群は、第1展示場の作品群とは違い、インクを付けずに余白部分を白のまま残す方法がとられている。黒系のインクで浮かび上がった模様というか物体は、質感や形も岩そのもので、彼の自然への思いみたいなものが伝わってくるようでもある。RSで始まる作品がほとんどだったのだが、もしかしたらRSはRock StoneかRock&Snowの略なのかも知れないと勝手に想像したりもした。その中でも「RS17」という作品は、どう見ても映画127時間で主人公を襲い、岸壁に引っかかった岩のようにしか見えなかったし、「RS31」はボルダリングの岩に見えるほどだった。

そのRS31の構図は、左右に大きな岩と手前の小さな石が置かれたような作品で、右にある岩にしっかりとラインが見えているのが面白い。岩は間違いなく花崗岩であろう。豊田ボルダーのかさぶた状に貼りついた三日月型のサイドカチからスタートし、右上へとカンテを使って進んだのち、右手でカチ取り、その上のスローパーにバンプ、更に上部のサイドカチとつなげて、スタートホールドに足を乗せて体重移動で登りきるというようなルートが見えた。僕の目がおかしいのか、彼の山への情熱が強かったのかは定かではないけれど、北海道の未踏峰を次々と登っていたことを考えると、あながち間違ってはいないかもと、良いように解釈してしまう自分がいた。

山に向かう苦労や辛さと達成感がたまらなく好きだったそうで、そんな山好きな一面が垣間見える詩を見つけてニヤリ。「樹氷きらきら水道の鍵手にねばる」を見つけたとき、なんとも見事に情景を表している素敵な一句だなと思った。



予想以上に素晴らしい展示会にテンションが上がりっぱなしだったが、それにも増してこの日は更に楽しい時間が続く。夕方前には雨も止んで、道路も乾いてきた。鎌倉から大船へと移動して、森さん夫婦と4ヶ月ぶりに再会する。引っ越してからは初めてだったので、近況報告会を兼ねて居酒屋で夕食を楽しんだ。僕らは酒を飲ま(め)ないので、レストランや外食店に行くよりは居酒屋にいくほうがワクワク感がある。久々に好物の砂肝を食べられて大満足だった。何だかんだで越してきてから初めて友人と時間を共にしたのではないだろうか。引越し先を伝える際に、JR路線の最寄り駅では伝わらなかったエリアが、最寄クライミングジムで伝わるところは流石の山ヤ。外岩やJ-wallでセッション出来る日を楽しみに待ちたいなと思う。彼らは7月から研究の為にカナダへ半年間滞在するようで、そちらの記事や写真が今から楽しみである。なんだかカメラ機材も増えたようすなので、撮影会も楽しみにしたい。


c0238497_10143625.jpg
夜の大船観音。初めて見ると不気味だが、慣れたものである。



c0238497_10161216.jpg
2011年冬、大船観音前で。

[PR]
by Tashinchu | 2014-04-29 13:00 | Museum | Comments(0)

01042014

「平面と直線」

西洋と日本の建築を大雑把に言い表すと、そんな風に言えるのではないだろうか。少々強引だが、面と面を組み合わせていくのが西洋。かたや日本の建築は、大黒柱という言葉があるように線が主体となっており、柱(縦線)と梁(横線)が絶妙なバランスで組み合わされて家屋がかたちづくられているように思う。そこに襖や障子、さらには屏風や衝立といった可動式の面を組み合わせていくことで、その空間を何通りにも切り取ることが出来るという、大変合理的な構造を持ち合わせているのが日本建築・生活様式の良さではないだろうか。今回、高山の町屋作りを訪れて、ますますそういう意識が強くなった。

下呂温泉合掌村を離れ国道41号線を北へ60kmほど進むと、“飛騨高山”という呼ばれ方でお馴染みの高山市が見えてくる。ブルーノ・タウトは当時、大変な雨の中をバスやタクシーを駆使し、何日も掛けて飛騨山中を進んでいたようだ。すれ違うのもやっとな道幅を器用に縫って進みながら、自慢の喉まで披露してくれる運転手に感動したようなことが書いてあったが、今ではその影は微塵もない。僕らは、NHK-FMでちょうど放送していた「くるり電波」の再放送を聴きながら、道の駅ではスタンプラリーのスタンプを捺し、運転すること僅か1時間ちょっとで本日の第2目的地、吉島家住宅のある市内へと到着してしまった。なんともあっけないドライブだったけれど、下呂(の由来というか)から上流に向かって中呂(ちゅうろ)・上呂(じょうろ)という地名があることに感激した。上中下ということだったのね、である。


c0238497_07553610.jpg
大好きな観光Maps


高山市はその昔、直轄の城下町だったこともあり、風情のある景観を残した古い町並みが観光客を迎えてくれる。けれどもタウト的には“品のいい玄関なのに、郵便ポストという趣味の悪いものがくくりつけてある”のはNGなんだそうだ。現代の日本を彼が見たら、ポスターやPOPで溢れた入口をどう思うのであろう。相当のダメだしを喰らってしまいそうだが、同市では景観保全にも力を入れているようで、この町屋の残る区域ではカーブミラーが四角く木枠も取り付けてあるなど、その景観保全の努力を見ることが出来る。飛騨の小京都といった感じである。

通りに並んだ建物の多くの入口には、酒屋の面影を残す茶色い杉玉が軒下に吊るされている。これはその酒屋がどんな状態なのかを示すバロメータになっているらしい。人力車を引く青年の話を小耳に挟んだのだけれど、その杉玉が緑色の新しい玉に取り替えられたと言うことは、この蔵で今年の新酒が出来上がったよの合図なんだそうで、その杉玉の枯れ具合(茶色への変化度合い)で酒の成熟度を知ることまでも出来るらしい。ふむふむ。



吉島家住宅にも同じように杉玉が下がっており、数学でいう「=(イコール)」にも見える白い2本の平行線の紋が入った、紺色地の暖簾をくぐると土間兼受付に出られる。この土間が一気に日本の家を感じさせてくれるのだけれど、吉島家の土間(飛騨では一般的なのか?)は土を踏み固めたものではなく、土というよりは漆喰のような色と硬さをもっているのが興味深かった。年月のたった建材の濃い茶色と土間の灰色とのコントラストが美しい。赤土と石灰に塩を混ぜた土間は「叩き」と呼ばれ、コンクリート並の強度を持ちながらも撓(しな)やかに土台を支えているのだと、館内のおばさんが丁寧に教えてくれた。塩は、海のない飛騨では貴重品だったのではないかと想像するけれど、さすがは豪商、土間にもそういったこだわりが伺える。塩の道はこの辺りにも通っていたのだろうか、それについてはおばさんも知らないらしく、ちょっと気になるところである。

c0238497_07403488.jpg
土間に一歩足を踏み入れると外の音が聞こえなくなる。


土間に立って上を仰ぐと、見事な柱と梁の格子組みが伸びており、そこにお昼の光が直線的ながらやんわりと差し込んできていた。その光がつくる影と陰に浮かんでくる檜(柱)や赤松(横木)の木々の組は、まるで教会のステンドグラスのような崇高さを、下で見上げている僕に抱かせる。ここでも西洋のステンドグラスが面ならば、日本人にとってのステンドグラス的なものは線で表現されている感がある。色彩がほとんど無いところも日本人的だ。非常にシンプルで無駄がない。チャールズ・ムーアが、“今まで見た中で最高の日本建築だ”と言ったことも、伊藤ていじがこの吉島家を見てその素晴らしさのあまり、この住宅を賞賛+紹介する本まで書いてしまった理由も、これを見れば明らかだ。下呂の合掌村で話をした陶芸家のS田さんは、あのロックフェラー財団が吉島家を買いたいと申し出た逸話を紹介してくれて、絶対に吉島家は見るべきだと推してくれてもいた。琴線の触れ方は人それぞれなんだろうけど、この邸宅が人々を魅了する理由が良く判る。僕は屋根裏の組みに見入りっぱなしだった。

c0238497_07402944.jpg
登ってみたくなるのは僕だけだろうか。。。


住宅は大きく分けて5つのエリアに分かれていて、それを順に見て周ることが出来る。何度も書いているけれど、空間の発生させ方がホントにいい感じである。2階なんかは各部屋に段差が出来ており(光を取り込むためにそうなっているらしい)、遊び心というか秘密基地のようなワクワク感まで持ち合わせている。何だか人物名が沢山登場してきているけど、ル・コルビュジエ(コルビジェ)は、“建築は「柱・床・階段」の3要素があればよく、空間演出は住む人に委ねられるべきだ”という近代建築のモデルを提唱したが、そういった考え方が僕らの生まれるずっと前の時代から、既に一般民家のレベルでも採用されていたことに驚かずにはいられない。今後も、この国がもつ柱と梁・障子と襖の文化が、ずっと残っていって欲しいと思う瞬間だ。


c0238497_07402308.jpg
この波打つ歪な手作りガラスがたまらない。硝子と書いたほうがしっくりくる。


効率や便利さだけが求められるような世の中では、断熱材もなければエアコンもない家は住み心地が悪く、何かと大変だ。しかし、こういった日本人的空間認知能力は、資本主義的なものをとは対極的な位置にありながらも、僕らを魅了する。それはきっと、守り続けられてきた時間と歴史がなせるものなのであろう。日本の資本主義社会の歴史は、たかだか150年足らず。この空間へ実際に入り込んだときに、難しいことは抜きにして何かしらの素晴らしさ感じられる内は、景観であり文化でありを守っていこうという気運を、人々が持ち合わせている証拠だという風にも感じられた。それはタウトが求めた素朴さとは違うところではあるけれど、日本建築の良さが後世に伝わっていくことをしっかりと予感させてくれる。

高山に行くのであれば必訪の吉島家住宅。隣の日下部家もオススメです。



[PR]
by Tashinchu | 2014-04-01 12:00 | Architecture | Comments(0)