音・岩・光

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17022015

肩当てを購入。

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何となくではあるけれど、肩当てが自分に合っていないことは判っていたし多分猫背なのが原因なんだろう。今まで使っていた肩当ては高さがないので、楽器を挟む際に左肩を若干持ち上げた状態でないと上手く固定できず、これまた半分無意識の内に左手の人差し指が楽器を支えてしまう悪循環が発生していた。ポジションの移動もスムーズにはならないしビブラートも上手くかからず、極めつけはG線上の3rdポジション以上で演奏するのが辛くてたまらない。去年まではバッハの無伴奏ソナタに取り組んでいたので、そのポジションはあまり使わずに済んでいたのだけれど、ここ最近は前奏曲とアレグロ(といっても、まだ前奏曲のところしかやっていない)をやりだしたので、弾いているうちに辛くなってきてしまうので難儀していた。高さのある肩当てを装着することで楽器に厚みを出したいことは、今までのKunブラボーやマッハワンからも判っているので、高さが確保できる肩当てをいくつか試してみることにした。ちなみに両方とも足を長いバージョンに交換することも出来るのだが、KunはKananaskisに、マッハワンは雌ネジが広がってきているので、他の肩当てを探しすという方向性である。


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あて革がズレて来てしまっているマッハワン



まずはピラストロのコルフカーレストの現物を見てみる。いい感じだったけれど値段が物凄く高かったので却下。でも、足が360度動くのでどんな楽器にも合いそうな予感がする。デザインは良いのだけれど、あの菱形穴は一体何の為にあるのだろう。音に関係しているのか軽量化のためか、その辺に興味が沸いた。肩(というよりは鎖骨付近)に当たる部分のRは、今使っているマッハワンに似ているのですんなりフィットしてくれる印象。

続いてウルフのフォルテプリモで、これはかなり良い感じである。肩に当たる部分がストレートなのがプリモ、バナナのように湾曲したのがフォルテセコンドだ。自分はセコンドの方がしっくりくる印象。足の付け根がリベットというのがちょっと心配であるのと、足がくの字に畳められる構造になっている可動部分のガタが心配になった。足の堅牢さではコルフカーレストの方が安心感がある。また、高さ調節のネジがネジ山に対して緩いので、ゴムでフリクションを効かせているところもちょっと心配だけれど、いわゆる安っぽいが故に値段が安いのは二重丸だろう。

最後はボンムジカの肩当て。これはゴツ過ぎた。果たしてケースに仕舞うことが出来るのだろうかと思ってしまうほどである。肩に当たる部分の素材を、自分の骨格に合わせて曲げることが出来るので安定感は抜群なのだけれど、むき出しになっている金属部分が(面取りはされているものの)楽器を傷つけてしまいやしないかと心配になる。ネジとナットも付いていたりなので、木で出来た楽器と見た目に不釣合いな感じがしないでもない。価格は上の2つの中間で、一応頑張れば買えるレベル。


という感じで、安定感はボンムジカ>コルフ>フォルテの順で、価格ではコルフ>ボンムジカ>フォルテという感じ。
最終的に、値段の安いフォルテセコンドをチョイスした。やはり余計なものは装着しないほうがいいと自分は思っているので、軽くて楽器の振動を殺さないものをという観点からも、足回りが軟弱そうではあるけれどフォルテの肩当てを購入するに至った。


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マッハに比べて、スポンジ材ではあるもののクッション部の厚みがフィット感の向上をもたらしている

使ってしばらくしてみての感じは、マッハワンよりもすこぶる良いということ。G・D線のハイポジションでの安定感が増した。嬉しい誤算だったのは、左肘がしっかりと回り込むように構えることが出来るようになったことだろうか。左肩を若干上げつつ楽器をホールディングしていたので、肘を前へ出すのが大変だった(というのは肩当てを換えて判ったんだけど)んだということがようやく判った。肘が出ることで、指の当たる角度や方向が改善されたこともあり、ハイポジションでのビブラートも物凄く掛けやすくなったし、私感では音程までも安定してきた感じがするほどである。

一番の効果は、体が疲れないことだろう。変なところに力を掛けずに楽器を支えてられるので、肩も腕も指も痛くならないし疲れてこないのが嬉しい。マッハワンでチャルダッシュを弾いていると、微妙に楽器位置がずれてきてしまい何度も持ち直すことがあったけれど、今ではそういうことも無く弾けている。演奏するときの姿勢も良くなったように思うのは気のせいかも知れないが、肩当てを自分に合ったものに替えると、こうも効果がでるものなのかと驚いた。心配だった可動部の強度も問題は無さそうで、長く使っていけそうでもある。

前奏曲だけではなくアレグロ部分も練習していかなければ、なのである。







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by Tashinchu | 2015-02-17 18:30 | Music | Comments(0)

14022015

パーヴォ・ヤルヴィ氏指揮、NHK交響楽団の第1803回定期公演(NHKホール)へ。プログラムはシベリウスのヴァイオリン協奏曲ニ短調(Vn: 庄司紗矢香さん)とショスタコーヴィチの交響曲第5番ニ短調。


N響もNHKホールも初めて来た。そして庄司さんの演奏も初めて生で聴くことになる。とは言っても3階席なので表情とかは判らないだろうという予想通りだったが、この日は赤いドレスに多分白いドットの入った草間さん的衣装だったことは認識できた。右腰辺りに花の飾りも付いているようだった。やっぱり裸足である(追記:2015/05/10放送、NHK教育のクラシック音楽館2月13日公演ではベージュの履物を確認)。そんなものだから、3階席の音は遠かろう悪かろうという評判を聞くけれど、果たして音響を含めた設計の段階から響きの良くない建物を作るか?と私などは思ってしまう。実際に初めてこのホールでコンサートを聴いたけれど、音の分離や残響や雑音は、この距離でこれなら申し分ないように思えた。武道館のそれと比べると、あそこは武道館ですからね、という感じで比較対象にもならない。1階で聴いていないので、ではあるのだけれども。


シベコンの演奏は圧巻そのもので、驚くべきはビブラートの美しさだろうか。やたらとビブラートをかけ過ぎる演奏家も居るけれど、彼女の音はそうはならない。むしろビブラートのない音価の長い音に、表情があれほど含まれているというか意味を持たせているところに彼女の凄さをいつも感じる。そういうイメイジは既に払拭されているだろうけれど、パガニーニのコンクールでの優勝のあとに付きまとったであろうテクニック・技術だけではないことを訴えるには充分すぎるほどの表現力を身につけていることが判る。神は細部に宿るのだなとつくづく思う、こういう時間。

あとは一貫した曲の解釈・理解だろうか。同じ楽曲を演奏した場合に年齢によって演奏・表現方法がガラッと変わる演奏家も居るけれど、ロンドン交響楽団とのシベコンがUpされている某動画サイトのものとテンポやオケとのやり取りがほぼ同じことにも感心した。確かにカデンツァや要所要所で変化は見られたけれど、今回のシベコンのほうが推敲を重ねている訳で、先にも書いた1音1音の質は明らかに向上していた。パーヴォ氏とN響との相性も良さそうで、徐々にのってきているのも判ったし、シベコンが自分の好きな協奏曲ランキングの上位に一気に駆け上がってくる好演だった。こういう演奏を生で聴けるのは本当に嬉しい。

アンコールは同じくシベリウスの水滴(というのは後になって判る)。ピチカートのみで演奏される小曲で、ヴァイオリンとチェロ(ヴィオラの場合もあると書いてあった)の二重奏。鳴り止まない拍手の中に登場した彼女は、なんと弓を指揮者譜面台の上に置いてしまう。シンとなった会場の注目を一身に集めると、おもむろにヴァイオリンをマンドリンのように抱えて演奏を始めた。この日の公演は満員だったらしいので、3800人ほどが居たことになる。僅か1分ほどの作品ではあるけれど、ここまで静かな4000人弱の中の1人をやったことはない。ピチカートの音が、人で埋まった3階までハッキリと余韻をもって届くのだから、楽器も凄ければホールの音響も素晴らしいし、それを選んだ彼女とその演奏に完全にやられた瞬間だったといっていいだろう。Are you kidding!? You just entertained us so much!!という感じだった。




という訳で早速ギターでつたない演奏



休憩を挟んでショスタコへ。まず驚くのはミックスルームに居るかのような音の分離を見せるN響の演奏。指揮者がそうさせているのかホールがそうさせているのか、そういうのを考えるのは野暮ではあるけれど、受け流そうと思えばすんなり聞けて、各パートを聴こうとするとちゃんと浮かんでくるのだから面白い。そしてこれまたオーディオのボリュームつまみのような強弱。3楽章なんかは、横に座っている人の服が刷れる音が聞こえてきてしまうくらいギリギリのところで鳴っているし、4楽章の最後なんかは劈くような大音量(でも嫌味が無い)。その最後は弦楽器隊が同じBowing(弓の動き)をしているので振り子時計を見ているような気分になる。こういう視覚的な味わいは、やはりコンサートやライヴでしか体験できない。もう少しばかりこの方面に時間がとれると良いのだけれど。

少しだけ気になったのは、トランペットの弱音器がしっかり装着されていないときのような、ビビリ音が両曲ともに聞こえてきたこと。あれは何だったのだろう。管楽器or打楽器からなのか全く別の要素がそうさせたのか、はたまた演出なのか良く判らないけれど3回4回ほどあって耳が動いた。そしてホルンのソロパートの1・4楽章で裏返っ(たように聴こえた)てしまったような音が出たのは、楽団の音数も少なかったので目立ってしまったように思うけれど、Liveはそういう部分も楽しむものだから全く問題なし。とにかく演奏の質と完成度は高く、作品としての解釈と提示も素晴らしいものだった。何といっても説得力のある作品の提示とここの演奏能力の高さはやはりピカイチだった。

そして、聴き手ももっと質を上げていかないといけないだろうなと同時に感じた。結局のところ、楽章間の咳払いなんかは演奏者にどう聞こえているのだろう。自分がオケにヘルプとして参加したとき、全楽章を演奏していないので曲間のざわつきだけは体験したことがある。これは別段問題ないのだけれど、集中力が切れやしないかとか、いやいや集中してるから聞こえてすら居ないとか気になるところである。あとは、開演前のアナウンスでも「演奏終了後に余韻を楽しみましょう」とアドバイスしているのに、ジャンと終わって直ぐに拍手になるところは好きじゃないなと感じてしまう。ましてや音響のいいホールなのだから、音がどう消えていくのかその辺も味わいたいと思う観衆は、他にも居ると思うのだけれどちょっと勿体無い。LPやCDだったら静かな部屋でそういうベクトルで聴いていると思うんだけどな。

日本、とりわけ都市部には物凄い数のオケが存在しているのは世界的にみても珍しいのでは無いかと思う。毎週末何かしらのコンサートが必ずある訳で、そのピラミッドの中でも上部に存在しているN響がこういう演奏をしているのは、全体としての質を保ってくれているようにも思うのである。コンサートにはちょっとしか行かない自分なのだけれども、聴き手もそれなりに、腕をというか質を上げていっても良いのではないだろうかと感じた公演でもあった。

今年の9月からは今回の公演を指揮したパーヴォ・ヤルヴィ氏が主席指揮者に就任するらしく、N響ファンやクラシックファンにとっては、今後を一足先に見られたという意味でも良かったのではないだろうか。そしてこの日はコンマスと2nd主席の2人の引退コンサートでもあったようで、最後にはサプライズだったのだろうか、花束が第1・第2ヴァイオリンの後ろ側から前へ前へと手渡されていく演出が見られたのはほっこりする場面でもあった。今後のソロ・コンマスの行方が気になりだす。



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by Tashinchu | 2015-02-14 15:00 | Live/Concert | Comments(0)

05022015

セットしていただろう筈の目覚ましがセットされていないときほど、サクッと目覚められる朝はない。起床予定は04:45AMで、いつもの通り定刻の数分前に自然と目が覚めた。が、アラーム解除をしようとしてみると既にOFFの表示。「(あっぶねぇー!)」と心の中で叫ぶ瞬間だ。

06:33発のこだまに乗って名古屋を目指す。途中の富士川周辺で真偽のほどは定かではないが、交流電気の周波数の変化に伴いエアコンの風が一瞬止まるポイントがあるらしいがそれは発見できなかった。昔は車内照明も一瞬消えたようだが(在来線ではなんとなく覚えている)、今ではバックアップ機能があるようで、エアコンだけほんの一瞬消えるのだそうだ。ただグリーン車内にマスク姿のハリセンボンはるかさんは発見できた。こだまということは小田原あたりで撮影でもあるのだろうか。


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最初に向かったのは杉藤楽弓社。1899年創業の老舗弓製作会社、ということはLapella Rosinとほぼ同じくらいの歴史を持つことになる。現在は4代目の意志を継いだ5代目杉藤慎子さんが社長をつとめておられるようだ。見学の内容や工房のようすなどはここでは載せるのを控えさせてもらうが、試奏させていただいたMasterクラスとSensitiveシリーズの私的記録を残しておこうと思う。

Masterシリーズは簡単に言うとStandardシリーズの上をいくモデルで、現代の弓製作の主流と言われる製法で作られており、材の厳選度が非常に高く、最高品質の弓が揃っているクラスといってよいだろう(驚くのはStandardシリーズにおける材の選定から、かなり厳しく行なわれているので、それすら一握りの材しか製作にまわらないこと)。プロの使用や録音、現代的演奏方法に耐えうる性能と力量を兼ね備えた弓で、力強さが売りとなっている最上位ランクのシリーズ。弓の自重や右腕の適当な圧を利用して演奏すると、決してただうるさいだけではない驚くほど大きな音が出る。

SensitiveシリーズはAll hand craftで作られて、旋盤を使うことなく鉋や鑿で丁寧に素材の性質をそのまま取り出してあげるというコンセプトで作られている弓である。職人さんが材の木目や杢、繊維の方向などを見極め、木自体がどう切り出して欲しいのかに耳をすませながら製作が進んで行く。なるほど、もしかしたら映画「耳をすませば」はこういうところも感じながらタイトルが付けられたのかも知れないと、関連付けが大好きな自分は思ってしまった。円空さんの仏像を見ているようですねと話したら、そうかも知れませんねと笑顔を浮かべた社長の顔が、このシリーズの本質を物語っているようにも思えた。

さて、両者のPlayabilityとapplicabilityはどうだったかというと、これがまた同じ材から製作されているのにも関わらず、その方法が変わるだけで弾いても聴いても明らかに違いが判るほどで興味深くたまげてしまった。自分としては今後2本目の弓を持ちたいと考えているので、その音というよりは(自分の汚い音は重々承知しているので)演奏性に重きを置いて書いてみようと思う。

Masterシリーズは今持っている弓とタイプが似ていると感じた。少しばかりの圧を掛けてあげると楽器が大きく反応してくれる。コシや粘りも、同じくすんなりと自分に返って来てくれる印象を受けた。ピラストロ社で言ったらエヴァやオブリガート、トマスティック社で言えばPeterやインフェルド赤などの、現代的な弦と演奏方法で得たい優美で輝かしい音なんかに合いそうな感じがする。逆にSensitiveはオリーブ、オイドクサ、ヴィオリーノ、インフェルド青な感じだろうか。楽器が本来持っている音を自然に引き出す、もしくは、よりニュートラルに攻めたい場合に用いると上手く返事をしてくれるような感じがした(音の遠達が無い訳では決して無い)。私はドミナント一辺倒なので、ちゃんとその弦を張ってみないと判らないけれど、印象としてはそんな感じになりそうである。

Sensitiveで驚いたのはその軽さだった。兎に角軽い。話によると、木の素質を活かしきり余計な部分は削ぎ落としているのでコシは残ったまま軽くなるのだそうだ。軽いからといってバランスが悪いかと思えばそうでもなく、演奏方法を変えることで直ぐに対応できる。圧をかけるというよりは、弓の行きたいように滑らせてあげるとでも言えばよいか、上手く説明が出来ないがそんな感じだった。無理に大きな音を出さずとも自然に音が出る印象なので、遠くで聴いてもMaster弓と同じデシベルで聴こえてくる。デシベルと書いたのは音質がやはり違うと感じたからで、音響専門ではない私が、大きさは同じだが質というか音色と音圧が違うのを、どう表現したらいいものか判らないのでとりあえずそう表記したと思っていただきたい。

Sensitiveの弓は、材の残したい部分だけが残っているので純度は高いのだろう、それに軽さが加わるとレスポンスが非常に良くなる。ヴィンテージアコースティックギターの薄いニスが表板の反応の速さと振動の良さに大きく影響しているのと同じ理論なのだろう。音の立ち上がりが上位モデルのMasterと比べても早いのだから、表現方法は色々と研究できる長く付き合いたい弓、そんな感じがした。1mm動いただけでもしっかりと音として成り立って出てくるので、弓先での音の残しだったり運弓の荒さなどもカバーしてくれるだろうし、逆に言えば、ちゃんとした運弓をしないと雑な感じが目立ってしまうので危険な弓ということにもなりそうだ。

無闇な方向にではないシンプルさを極限まで追い求めたモノについて毎回同じことを思うのだが、いい楽器や道具はミスをカバーしてもくれるけれど、ちゃんと使ってあげないと思うようなレスポンスは得られない。今回もSensitiveシリーズに同じようなことを感じた。「初心者だからMasterやSensitiveなんて、、、Standardから。」と遠慮するより、初めから良い弓に触れることで、初心者だから出るミスを弓が知らずの内にカバーしてくれるだろうし、弓が持っているポテンシャルを引き出すためのちゃんとした演奏方法や末端までの集中力をも鍛えられるはずである。

この杉藤の2タイプから今後どちらを選ぶかと問われたら、自分はSensitiveを選ぶだろう。他のメーカさんでもいい弓は製作されているわけで、カーボンも含めそれらも試しながら、そして一番重要な自分の楽器との相性を感じながら決めて行きたいと思う。今回は興味深い話を聞けたし、疑問に思っていたことについてヒントをもらえたようで、今後の自身のスタイルというか極めていきたい部分に新たなページが加わったような気がする。まだまだ知らないことだらけだし、試したいことは山ほどある。どうやって進んでいこうか、こういう機会があることに感謝したい。




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昼食は迫力の味噌カツ

カツが見えない味噌カツ。メニュに小と大があったら男は通常、大を頼みたくなるところ。だって普通と大盛ではなく、小サイズと大サイズと思いますからね。名古屋の盛り方をすっかり忘れていたことに気付いたのは、先に隣の席へ登場した小の皿を見たときだったが時既に遅し。そしてネギの量も半端なく多い上に、ご飯と味噌汁はお代わり自由と来た。お腹も視覚的にもいっぱいになってしまった。




午後は楽器卸のマックコーポレーションへ。現在小売店で仕事をしている自分にとって卸が何を考えてどう動いているのかが実際に見えるのはありがたく、小売としてどう戦略を練っていけばいいかなど今後に役立ちそうである。一番の収穫はゴールドブラカットにはE線の他に、ちゃんとADG線も存在することを知れたことだろうか。クオリティの関係から市場には出回らない(排ガス規制に引っかかって輸入できなかったトラバントみたい)ようだが、E線専門という訳ではないことが知れただけでも収穫だった。実際にどんな音がするのか試してみたいものである。

ここの職人さんが使っていた突き台とリーマー置きもセンスがよく、もし時間があれば作ってみようと思う。たった1枚木材を加えるだけで利便性が格段に向上するのだから、こういうのはどんどん盗んでいきたい。横ズレをどう解消するかという問題が付随して発生してくるけれど、いちいちセットしなくて済むのはありがたい。自分の道具も更に改良してみようと思う。



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名古屋で食べることに意味がある白ノワール


2店の見学が無事予定時間内に終わって名古屋駅へ帰ってくると、新幹線まで残り時間は30分だったが、これはTo Doリストの優先順位上位の項目だったので急いで最寄のコメダ珈琲へ。15年ほど前、コメダの最東出店が浜松までで静岡には店舗がなかった時代、わざわざ浜松のコメダまで食べに行ったことを思い出す。当時はミニ白ノワールなんてメニュにも無く、こんな小ぶりなものは名古屋っぽくないと思っていたが、この日はミニで勘弁してもらった。あの頃から変わらないこのナゴヤナイズドされたスイーツを、ようやく本場で食べることが出来た幸せ。日本のコメダには白ノワールが、カナダのTim HortonsにはTim bits、である。

東京は雪が降ったようだが、名古屋は1日中青空で気温もそこそこ上がり、少しばかり観光的なものも出来たのが嬉しい。来年も参加できるのであれば是非とも帰って来たい。帰りの新幹線で静岡駅を横目に、やはりエアコンの切れる瞬間を気付くことなく都内へ帰ってきた。あとあと気付いたのだけれど、最終的に中央線に乗るなら品川よりも東京まで出たほうが良かったわけだ。定期が使えることが頭にありすぎて、山手線の品川ー新宿というルートをとってしまったことを少し後悔したけれど、ぷらっとこだまの乗車券に付属でついてくるドリンク無料券を使わずに帰宅してしまったことを更に後悔した。新幹線の改札内でしか使えないのだろうか、もし山手線内やJR在来線のキオスクでも使えるなら使ってしまわなければ。


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青い空に栄える名古屋電波塔


静岡市内にも塔は絶対あったほうがいいと思うのは自分だけだろうか。京都や東京、大阪、更にはCalgaryやTorontoにもあるのに勿体無い。富士山も見えるわけだし塔マニアは絶対に登りに来ると思うのだけれども。





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by Tashinchu | 2015-02-05 10:30 | Music | Comments(0)

02022015

2013年の春先に購入したLa SportivaのBoulder X君が、いよいよヘタって来たので新しくシューズを新調することにしたのが昨年末。約1年半で、ものの見事にソールのゴムが無くなってしまった訳だが、このシューズではホント色々歩いた。Bow ValleyでのOutdoorではいつもこれだったし、ユーコン準州やThe Bugaboosもこれで行ってきた。晩秋の茶臼・上河内岳も問題なくこれで行けた。沢山アプローチシューズを履いているわけではないけれど、このシューズはBestなペアだったといえる。

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購入当初


これ以前はFiveTenの名称不明シューズを使っていたのだけれど、側面は半年で破れるし中敷は履いてるうちに前へ前へとズレていくなど問題が多かった。多分初期のFiveTen(ロゴが違うし!)なので、攀じ夫婦の記事を読んだりしていても現在のはもっと改良されているのだろう。確かに当時のこの下写真をみるとスキン素材も現行のFiveTenとは随分違うことが判るし、ソールのゴムとシューズ底との間に挟まれている白い素材などは、何ともスポーツシューズっぽい味をかもし出しているでは無いか!などと、もしかしてニセモノだったのかもしれないなと感じるのであった。お世話になったシューズだったことに変わりないのだけれど。機会があったらまたFiveTenは履いてみたい。

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2011年年始に購入 この側面にもXがついていることに気付く



さてそのBoulder Xの現在が下の写真左。述べたようにソールのゴムが完全に無くなってしまっている箇所がある。つま先の部分を何度シューグーで補強したことか。まぁ、ほぼ毎日のように履いていればそうなるのも無理はないのだが。ガイドさんでこれを履く人は少ないだろうけど、そういう職業の人は1シーズンで駄目になってしまうのだろうな。という訳で購入したのが写真右のKeenのJasperである。



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年末に購入しほぼ1ヶ月履いたことになるので、ここで雑感を私的メモとして残しておこうと思う。Jasperは完全なるアプローチシューズではないと自分では思っている。でも、Jack Purcellとは違って靴底のクッション性は高いと感じた。帰宅前、最寄り駅までの1km弱を軽く走りながら最後に歩道橋を上り下りすることがあるのだが、そのときに感じる足の張り方はまるで違う。スニーカーでそれをやると、乳酸が待ってましたとばかりに足全体に広がっていくのが判るが、Jasperの場合はそれがほぼ無い。これには驚いた。Boulder Xも同じくだったということは、やはりスニーカーは歩くためのものなのだろう。

ではソールのグリップはどうかというと、ここはBoulder Xに軍配があがる。先ほどの歩道橋でのことだが、雨の日に歩いていたとき、階段の角についている金属の部分に乗ると、Jasperの場合はつるっと滑る。Boulder Xではそんなことは無かった。Jack Purcellは、言わずもがななのだが。Jasperのソールは、内部にクッション材があるのかどうかは定かではないが、完全にゴムで覆われた構造なのでしなやかさには欠ける印象があり、それが滑る原因なのかも知れないとも思う。Boulder Xはゴムもクライミングシューズのもの(?)だったかと記憶しているので、そういうのが関係しているようにも思われるし、ガソリンスタンドで洩れた軽油の上を歩いたときに溶け出したくらいなので、相当軟らかいのかフリクションがあるのか、普通の靴のソールとは違う感じがする。フリクションが欲しいのであればBoulder Xだろう。ただ、ソールの硬さ(つま先とかかとの両サイドから押して、靴をくの字に曲げる)はJasperの方が明らかに軟らかく、ふにゃっとしてくれる。Boulder Xはかなりリジットで曲がっていかない(これはスクリーを降るときに役立った)ので、グリップについてはいまいち良く判らない。どちらも慣れれば問題ないだろう、と言った感じである。


雨の日の革のようすは共にいい感じで、耐水性は良いといえそうである。ビシャビシャな場所を、まだ長い時間Jasperで歩いていないので何とも言えないけれど、この間の雪日には問題なかったので期待できそうである。フィット感については、脱げない安心感という意味でBoulder X。ただ、Jasperのゆったりと履ける感じも嫌ではないし、街を小気味良く歩くという点で言うとこちらの方が良いだろう。カナダから帰ってきて減りが一気に進んだことを思うと、アスファルトはBoulder Xには硬すぎると感じる。重さは量っていないがほぼ同じ印象。


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と、だらだらと個人的な雑感を書いてみたが、これからはJasper君に頑張ってもらうことにしよう。しかし、都会では靴が汚れない。下の写真は今日のかかと部分を撮ってみたが、新品なのではと思うくらい全く何も付いていないのが判るだろう。東京には土が圧倒的に少ない。

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by Tashinchu | 2015-02-02 12:30 | MISC. | Comments(0)