音・岩・光

<   2014年 10月 ( 11 )   > この月の画像一覧

25102014

その他、今回のハイライトを。

c0238497_14490029.jpg


c0238497_14483970.jpg
c0238497_14484458.jpg
c0238497_14483392.jpg
c0238497_14485106.jpg
c0238497_10252387.jpg

[PR]
by Tashinchu | 2014-10-26 20:00 | Foods | Comments(0)

26102014

今回の松本観光の本来の目的である、リンゴ狩りへやってきた。正確に言うなら、リンゴ園は隣の安曇野市に位置しているが北アルプスの麓には変わりなく、秋の気配を携えた山肌に見守られながら親戚一同総勢13名で賑やかな収穫となった。

c0238497_09315707.jpg


リンゴの木オーナーを企画しているあずみ野フルーツらんどには毎年多くのオーナーがやってくるようで、リンゴの木1本で約50kg(ダンボールで5箱以上)ものリンゴを収穫することが出来る。今回は両親がオーナーとなったシナノゴールド2本を軸に、シナノスイートや王林・ふじなども不足分で頂いた。早速食べてみたが、店頭に並んでいるリンゴとは明らかに鮮度が違うことがひと噛みで判る。収穫されてから水分は逃げていくのだろうか、穫れたてのリンゴは果汁量が驚くほど多くまるで小龍包を食べているようである。危うく汁をこぼしそうになったほどで、通常のリンゴよりも食べ方を注意しなければならない。これが果物狩りの醍醐味と特権であろう。

c0238497_09282773.jpg
c0238497_09315294.jpg
シナノゴールド




c0238497_09282203.jpg
シナノスイーツ(だと思う)



10月後半と言うことで、既に収穫時期を過ぎているかも知れないということだったが、上の写真からも判るようにそんなことは無く、2度の大型台風直撃も乗り越えて実をつけたリンゴは溢れる生命力をそのまま携えているようだった。この日は僕らの他に大人数のグループも無く、フルーツらんどのオーナーさんとの会話も弾む。春にはオーナーだけが参加できる花見会のイベントもここであるらしい。ブルーベリーやプラムなど、リンゴ以外のオーナー募集も行なっているので、自分の手で収穫をして獲れたての果物をその場で食べたいと言う人は是非申し込んでみると良いだろう。収穫したリンゴを持って帰るのは、と言う人には提携料金での発送もしてくれるので便利である。友人や家族に現地から贈るというのもありだろう。





c0238497_09583254.jpg
c0238497_09583649.jpg

フルーツらんどでヨーグルト引換券をもらったので、それを目当てに向かった先は安曇野ワイナリー。ワイナリーなのに何故ヨーグルト?と思っていたら、どうやらこのワイナリーはワインとヨーグルトの製造工場なんだとか。大型観光バスも引っ切り無しにやってくる観光スポットなのだろう。直売店内は多くの人で溢れていて、テイスティングや試食をする人たちでいっぱいだった。自分は、飲めないワインよりも飲むヨーグルトにベクトルが働いていたが、妹のワイン試飲を少し分けてもらってテイスティング。オカナガンで飲んだものと区別できる舌ではないようだが、安いワインにある(と思っている)毒々しさのような攻撃性はなく、すんなりと喉を下っていく飲み物であることは判った。自分はバニラアイスにアイスワインがベストなのかも知れない。


c0238497_09584149.jpg
このヨーグルトも美味しかった。出来れば200mlとかを一気に飲み干したいところである。笑)フルーツらんどで頂いたリンゴジュースも美味しかった。冷えているのにビックリするくらいの甘さで、いったい果糖糖度はどれほどのものなのか心配になったが、炭酸水で割ると一気にApple popsの出来上がり。なるほど、呑めないけれどお酒で割るのもありかも知れないと感じた。

地産地消ではないけれど、その土地で食べるその土地の食べ物ほど美味しいものは無いと感じる今回の松本・安曇野観光だった。




[PR]
by Tashinchu | 2014-10-26 10:30 | Events | Comments(0)

25102014

城を後にして到着した松本市美術館。松本市は軍事施設を標的とした大規模な空襲を受けていないらしく、古い建物がそのまま残っているので歩いていて飽きが来ない。その影響か、路地裏の道幅が車社会には少しばかり狭いようにも思われたが、それでも水路を道脇に残した町並みには都心に無い土も豊富で、木や草が快晴の空の下に活き活きと輝いていた。なるほど、草間彌生の名前はまるで、本人の好嫌は別として、そのまま松本を表しているかのようにも思えてくる。

c0238497_12062171.jpg



c0238497_12063390.jpg
途中、草間バスを目撃。ナンバーは気付いたけれど、拡大してみてドットのひとつにAutographがあるのには驚いた。消えてしまわないのだろうか、それともプリントなのか。


c0238497_12064098.jpg
「幻の華」 2002年 1057×1830×1625cm G.R.C、ウレタン塗装

c0238497_12064632.jpg
こちらにも彼女のAutographが。出てくるコーラのラベルが気になる。



美術館には草間彌生の常設展があり、幼少期から現在まで多くのコレクションを有している。2012年には静岡でも大きな回顧展があったようで、友人のFB更新を見ながら羨ましい気持ちでいっぱいだったのを覚えている。という訳で、彼女の作品群は初めて見たけれど、これで世界と戦ってやるんだと言う強い意志が、既に子どもの頃から出来上がっていることを「母の肖像」を見て強く感じた。スポーツでも芸術家でも、一流はそういうことが小さい頃から意識出来ているのだろう。信念を曲げずに勝負するというか勝負せざるを得ない時代だったのかも知れないことも、後日ミサオが借りてきた彼女の回顧書+語録「水玉の履歴書」(集英社)を読んで想像した。その中で「芸術家が特に偉くぬきんでた人種なわけではない。」と語っているところも面白い。

浮かんできた(もしくは脳が捉えた)イメイジを消え去らない内に書き残す大切さも再確認する。自分は幼少期に色々と疑問を持論で解決することや妄想をし、自身の中でクククッと笑いながら楽しんでいた時期がある。とりわけ宇宙のことは正解がないと思っていたので、月と地球の関係であっったり星と時間の流れを、自分の作り出した物理法則(は今となっては成立しないだろう)に当てはめて遊んでいた。結局のところ、そういった自分が思考していた多くの事柄については全く思い出せないものばかりだが、そんな中にも、別の問題を解決する糸口であり新しいものを生み出すアイディアめいたものが在ったのではないかと思うことがある。メモを取らなかった(というかとる必要性すら感じていなかったのだが)ので、それらは全て脳の記憶神経細胞のどこかに鍵を掛けられて永遠に解き放たれることは無いのだろうけれど、メモはそういったものを召喚するキーなんだろうと思う。Aという何気ないメモが、Bを解決するに至ることもあれば、更にCという疑問を投げかけてくることもあるかも知れない。そういう、自分の中で思考を輪廻もしくは反芻させることが自分を成長させていくのではなかろうかと、常設展の途中に仕切られた鏡の部屋で10秒くらいの間に、ぶわぁっと沸いてきた。

まだまだ勉強が足りないけれど、知りたい欲は留まるところを知らないのでチャンスはあるのかも知れないと、少し勇気をもらった時間だった。草間作品というと水玉とカボチャというイメイジが沸くと思うが、僕としてはその鏡の部屋と「愛はとこしえ」が印象に残っている。






[PR]
by Tashinchu | 2014-10-25 12:00 | Museum | Comments(0)

25102014

あずさ1号は山行へ向かうハイカーでごった返していて、全ての自由席車輌が新宿発の状態で乗車率150%ほどはあったのではないかと思う。立川から自由席車輌に乗り込むはずだったが、川崎周辺の通勤ラッシュ並の混み具合でドアへも近づけず、指定席車輌のドアへと周りこんで何とか入ることが出来た。八王子でもまた人が乗車し、連結部のエリアはかなりの混雑に見舞われていたが、大月、甲府、茅野と進んで行くに連れてその数は減り、あずさ乗車後半戦は席について景色を楽しむことができた。週末、特に行楽シーズンは車輌の中ほどに指定席を確保するのが得策だとつくづく思った。

10:00前に松本駅に到着してまず向かったのは国宝松本城。静岡県袋井市には「国宝」と書かれた看板が出ているお寺があるけれど、こちらのお城は正真正銘の国宝である。駅へ降り立って空に目をやると、抜けるような快晴が広がっていたので、逆さ城を拝めるかもという期待が膨らむ。快晴の日は、無風か強風が多いからだ。水面が波打っていても、雲の無い空に城の姿は良く映えるのだから、行くしかないだろう。



Brunchを食べに城外へ一旦出て、にわかに観光地めいてきた松本城へ舞い戻る。かなりの観光客で溢れている。城内ツアーでは最上階手前が渋滞中。当時の人からすると、ここまで多くの人が城内最上部に来ることなどは想定していない訳で、当たり前と言えば当たり前だろう。まだまだ空には雲ひとつ無い。湿気が多いのか市街地特有の霞なのか、北アルプス手前辺りから視界が急激に悪くなっていたので、案内板には微かにその頭だけが見えるとあった槍の姿は見ることが出来ずだった。



松本城は取り壊されるはずだったものを改修保存したのだそうだ。柱を見るだけでも、創建当時の継ぎ手と大改修時に追加されたのであろう突き出た2本のボルトとの、コントラストが時代を感じさせる。込栓をボルトに換えた追掛大栓継ぎなのか、ボルトは後から足した金輪継ぎなのかは、よく判らない。
手前で最上階への階段を待つ観光客の話を小耳に挟んだのだが、城改修前夜の松本城は、見た目にも傾いていたらしい。そうすると、補強のボルトの多さも頷けてきたりする。

[PR]
by Tashinchu | 2014-10-25 10:30 | Architecture | Comments(0)

19102014

日和田山ハイキング後は、そのまま5人で川越にて開催中の川越祭りへ足を運んだ。気温も穏やかで天気の良い週末だったこともあって、駅到着から見渡す限りのひと・ヒト・人。前へ進むのも一苦労で、昼間の山にも夕刻の街にも人が溢れている。ハイキングを終えたお腹と両目が、屋台の文字を逐一追ってしまうので少しばかり腹ごしらえをしながら、祭り情緒を楽しみつつ予約していたイタリアンで夕食。気の合う仲間と登って巡って、楽しい1日となった。

c0238497_07065417.jpg
c0238497_07150913.jpg
c0238497_07070214.jpg
c0238497_07153067.jpg
c0238497_07070769.jpg

[PR]
by Tashinchu | 2014-10-19 18:30 | Events | Comments(0)

19102014

10月中旬、天気は快晴。奥武蔵のお手軽ハイキングへやってきた。奥武蔵自然歩道の要所を含む、約10kmのコースをのんびりとTeam ShingKongの面々と歩いた。9月中旬から10月頭にかけて、同エリアに広がる巾着田と呼ばれる大きく湾曲した河川敷には、彼岸花が咲き乱れる(日本一の群生地)。僕らM+Mは、その時期に来る計画を立てていたが、今年は秋の到来が早かったらしく予定より1週間も早くに花の見ごろが終わってしまった為、結局行けず仕舞いだった。別の目的ではあるが、ハイキングでこの地へ訪れられたのは嬉しい。



c0238497_10253035.jpg
武蔵横手駅(09:45)―物見山(12:00)―日和田山(14:00)―高麗駅(15:00)



この日は、先週のバンフフィルムで約束したアヤ子ちゃんに加えて、カナダから一時帰国中の谷夫妻も一緒に合計5人でのハイキング。武蔵横手駅をスタートして、久々に会う谷夫妻との近況報告+アヤ子ちゃん&谷夫妻のIce Breakが終わる頃には、最初の見所がやってきた。ミホ子ちゃんの足のようすも良い感じである。


c0238497_10250243.jpg
五常の滝


コースは概ね森の中を進むが、高低差もほとんど無くすんなり登れる印象。久々の緑がカラダに気持ち良く、空気も明らかに澄んでいるのが判る。行きの電車内や到着した駅では多くのハイカーの姿が見られたけれど、登山道が混み合うようなことはなくスムーズに進むことが出来た。それぞれの要所・ポイントではそれなりのグループが出来上がっていたが激混みというほどではなく、家族連れの姿や小学生のグループ・ボウイスカウトの課外活動のような一行も見られた。


c0238497_10250768.jpg
c0238497_11080588.jpg
北を向いたお地蔵様は全国でも珍しいようだ。400体ほどが鬼門である北を向いている。地蔵観音の観音的役割からすると、北を向いていても問題はないらしい、というか北向きが正しいという説もあるようで、今回の山行で周っている奥山と同じく仏の世界も奥が深い。

北向地蔵から少し歩くと、今日の最高地点である物見山に到着する。最高点といっても375mしかなく、しかも名前の割には眺望もよろしくない。日本の山はそんなものなのだろう、日和田山が一番景色が良かったように思う。戦国時代は櫓を経てて敵軍の侵攻などに備えた山なのかも知れない。
ここで昼食をとってハイキング後半戦へ突入する。それぞれにお弁当のサイド品を分け合って、腹ごしらえもバッチリである。


c0238497_11081290.jpg
c0238497_10251156.jpg
霞が酷く、富士山は拝めない





日和田山山頂(305m)に到着。川越市方面だと思われる東側は立ち木が低く、眺望が良い。雲は少ないのだが、やはり霞が広がっていた。
c0238497_10252058.jpg
c0238497_10251563.jpg
三角点ハンターの自分には三等も一等も関係ない


日和田山(というか物見山)からは、ほぼ下りが続いており、あれよあれよと言う間にビルや鉄塔などの建物の大きさが増して、標高が下がってくるのが判る。しかし、ここからの展望も素晴らしかった。巾着田がちょうど正面に見えるというロケーション。遠くには新宿のビル群らしきものも見えたような見えないような。スカイツリーも発見できずで終わったが、西武ドームは確認。


c0238497_10252416.jpg

この鳥居をそのまま正面に真っ直ぐ下るルートがあり、男坂と呼ばれている。結構な急斜面で、さながらスクランブルをするようなルートになって居るらしいが、今回はスイッチバックで下る女坂をチョイス。看板にも男坂は急です!との注意書きがあったほどだった。流石は日本ロッククライミングの老舗エリアである。平山ユージが始めてクライミングした岩場は確かここではなかったか。激しく難しいルートは無いようだが、いつかはここでも登ってみたいものである。


下山して高麗(こま)駅へ。コウライと書くので、そうだろうとは思っていたが、渡来人が稲作を伝えた地でもあるらしい。巾着田はその名残とも言うべき場所でもあるそうだ。三日月湖にならずに現在までそのまま残っているということは、川の氾濫は少なかったのだろうか、それとも戦国時代以前から巾着田を生きる遺跡として後世に伝えようという、人々の願いがそうさせたのか興味は尽きない。

c0238497_21341954.jpg
帰路で見つけた、青空無人売店の空芯菜をエリンギと一緒にガーリックでソテーしていただいた。多分初めて食べたと思うけれど、この歯ごたえと食感はクセになりそうだ。変なにおいや味もないので、色々に使えそうである。




[PR]
by Tashinchu | 2014-10-19 15:00 | Climbing/Hiking | Comments(0)

11102014

日本では初めてみるBanff Moutain Film Festival。Bow Valleyに住んでいた頃、3回ほど本家Festivalを見に行った覚えがある。Chris SharmaやAlex Honnoldがゲストでやってきたらしいが、自分は対面の機会をことごとく棒に振った。World Tourにはそういったスペシャルゲストは無いのかも知れないが、見に行くというか、映画を観ることでもらうモチベーションや既成価値観への刺激を得られるのが、やはり大きい。更に大きかったのは久々に集うクライミング仲間との時間だ。

僕らを含め、2013年に挙式した友人クライマーは4組も居る。しかも3組の新郎が1980年生まれで、残る新郎も1学年下というジェネレーションの近さと、共に海外生活を経験しているというバックグラウンドが更にその結束と言うか連帯感を生んでいる。今回のBMFFは、僕らともう1組のTeam ShingKong(新婚)での鑑賞だった。


c0238497_17202411.jpg
構成は2部でA/B部ともに7本づつ、5分から30分ほどのOutdoor映像作品をほぼ一気に見ていくというもので、結構な体力を使う。しかも律儀に全部見てしまう辺り、自分も日本日本して来ているなと感じられずには居られなかった。Banffでの観客はというと、自分の好きそうなFilmしか見ない。スキーが好きな人は、バイクやロッククライミングの映画上映中は外でコーヒーを飲んだりしていたと記憶している。日本では作品が終わると同時に拍手が起きたりということも無かったのも、Banffとは違う点だった。各国の鑑賞作法はさまざまである。

Squamish Mountain Festivalに行った友人の記事からリンクしてフライングで見た、Alex HonnoldとCeder Wrightの「The Sufferfest」(自転車&フリーソロ縦断の旅)をSubtitle付きで見ていたとき、翻訳はさぞ大変だったんだろうと苦笑してしまった。でも、「どんなに辛いチャレンジであっても肉体的な痛みが消えてしまえば、その時の素晴らしい光景や体験だけが心の中に残る。それがやめられないんだよ。」というような訳は、今僕が書いた訳よりも何百倍も素晴らしいもので、肉体的痛みの忘却と精神的苦痛の快楽変化を自分の脳もやってくれていることを感謝せずには居られなかった。

箇条書きで、覚えている作品の内容と感想を書いておこうと思う。

ーProgram B-

「The Burn」(カナダの山火事とスキーヤーの話)
ちょっとCGっぽいところがあって気になるが、実際はどうなのだろう。倒木にスキーを取られてしまいそうで、自分は気が引ける。

「35」(35歳の誕生日に合計で35ピッチ登るアメリカ人のストーリー)
よくよく考えると(自分も近づいている年齢)35歳は米国の平均寿命で半分を過ぎた、要は人生の折り返しと言うことになるのかと、自分もあと半分少しをどう楽しむかを考える必要がある。

「North of the Sun」(ノルウェーで極寒サーフィン&Ocean Cleaning)
Mecがスポンサーと言うのに驚く。確かにMec他のスポンサーが付かなきゃ不可能ではある。

「Sensory Overland」(盲目の冒険家が次に見つけた挑戦はカヌー下り)
人間の可能性は無限大。自分はもっと努力する必要がある。笑顔が最高だった。

「Stream of Consequence」(Patagonia Doesn't need a dam)
在ることに価値があるのではなく、無いことに価値を見出す社会が養われていって欲しい。南アルプスにリニア線は絶対に要らない。

「Poor Man's Heli」(ヘリスキーをする金が無いなら、パラグライダーで行けばいいじゃない)
アイディアが素晴らしい。こういったことを真剣に考えて実行に移せる行動力を持つ人は喜びに溢れている。
スキーとパラグライダーを両方一緒にできるなんて感動もの。



-Program A-

「Split of a second」(人間モモンガ、断崖を舞う)
全体の99.9%以上の時間を準備に使って、飛ぶのはたった数分。でもそんなことはどうでもいい、飛行中は今という時間が凝縮されているのだから。

「Not Bad TOUR EDIT」(マウンテンバイクムービー)
Reel RockやDosageのような感じ。バイクは良く判らないので、Philosophyが何処にあるのかを探すのが大変だった。

「The Last Great Climb TOUR EDIT」(南極大陸の未踏峰に挑むクライマー)
標高だけでは量れない、クライマーがこだわる初登への思いや、山に求めるものが格好いい。
100mもプロテクションなしは遠慮したいところだが。

「Spicr Girl Reel Rock 8」(英国期待の若手女性トラッドクライマー、ヘイゼル)
YouTubeで既に見ていたが、行動時間24時間以上って、しかも登攀中のアンカー点でヘッテンとiPhoneでダンスを踊れる明るさ。ポジティヴであり続けることの難しさと凄さを見た気がする。

「Keeper of the Mountain TOUR EDIT」(ヒマラヤおばあちゃん)
ヒラリーと直接会話している凄さ。そして「山が難しくなったのではない、クライマーの質が落ちたのだ。」というようなコメントを残す辺り、流行にのればこれぞレジェンド、生きるヒマラヤ登山史。続けることに意味があり、正式や公式という概念が決して唯一無二な訳ではない。

「Supervention - Radical Reels Tour」
バイクムービー然り、エクストリームな若者はエクストリームだった。
リレハンメル五輪施設がOKを出せる風土、日本ではまず実現不可能な企画だし、起こらないムーブメントだろう。

「Beyond the Drop - Radical Reels Tour」
もう少し訴えるものが欲しかったが、カヌーを知らない自分がそんなことを言えるものではないが。







c0238497_14484383.jpg
段々と大きくなっていくiPhoneとタブレット

何と、鑑賞中に風邪の症状が酷くなってしまい、翌日の御岳を諦めなくてはならなくなった。突然のお誘いではあったが、いつかTeam ShingKongでOutdoor Activityをご一緒したいものである。まずは彼らのいるCrazeから始めてみることにしよう。


[PR]
by Tashinchu | 2014-10-11 12:00 | Events | Comments(0)

10102014

c0238497_16563926.jpg

[PR]
by Tashinchu | 2014-10-10 18:00 | Photograph | Comments(0)

08102014

今年の秋は台風が多い。そして天体ショーも多い。三月続いたスーパームーンに始まり、先月末には昼間土星食、そして10月は皆既月食とオリオン座流星群、翌月にも流星群が待っている。流星群を都内で撮ることが出来そうな暗い場所はあるのだろうか。奥多摩辺りまで行く必要がありそうでもある。

前回の月食は3年前。ちょうど一時帰国している期間だったので、この時も日本で見た。確か恵那でのボルダリングから帰宅して直ぐに始まったような感じだったか。生憎の空模様で、雲の隙間から顔を覗かせる月を今か今かと待っていたのを思い出す。朱に染まった皆既の月は、姿を見せるのは恥ずかしいのか雲の向こうで頬を赤らめているようにも見えた。

この日は授業があったので月食の行方を逐一見届けることは出来なかったけれど、それでも合間合間にビルの窓からそのようすを観察することが出来た。カメラは持っていったものの三脚持参はしなかったので、出来上がりは結構ブレブレである。


c0238497_09200204.jpg
7時方向が暗くなってきているのが判る。



c0238497_09200154.jpg
食が始まったが、ご覧の通り、陽が落ちて直ぐの都心の大気は非常に不安定。


c0238497_09200211.jpg
極大の頃はまたしても雲に隠れてしまったが、何とか朱の満月を納めることができた。



都会に住む多くの人はそこまで天体現象に興味がないのかも知れない。ビル街の底を行く人々の影は、上空の事象に関して特に関心が無いようで、坦々と駅方面へと流れていく。時折、携帯を空へ向けて月食の様子を撮影しているのだろう姿も見かけたけれど、果たして月を赤く切り取ることが出来たのだろうかと心配になる。いつもよりも暗い月の声は、都会の明る過ぎる夜の中で掻き消されてしまっているように思えた。飽和した夜の賑やかさの中にあっても、その微かな囁きに耳を向けられる時間と暗さを持てたら、この素晴らしい晩秋の月が単なるSNS投稿のネタで終わることはないだろう。多様化した現代においては、それもまた選択肢というか、人それぞれなのだろうが。

次回の月食は2015年4月4日(土)。この日は週末だし何処かへ出掛けて撮影してみたいものである。

[PR]
by Tashinchu | 2014-10-08 20:00 | Astronomy | Comments(0)

07102014

北米の文化習慣なのか欧州のそれだったかは忘れたけれど、自分達の挙式で使ったWedding Cakeを1年大事に冷凍庫で保存しておき結婚1周年の日に夫婦で食べると、その後も幸せな結婚生活が送れるというような話を聞いていた。

ちょうど1年前に5年間住んだCanadaで挙式したときに同僚のDebbieが作ってくれたWedding Cakeを、その後飛行機内まで持ち込んで帰国したことを思い出す。帰路中の合計26時間、ミサオは気が気ではないというか、冷凍状態を如何にして長く持続させるかに神経を尖らせていたように思う。その甲斐あって、1年経っても味も香りもそのままのケーキを頂くことができた。普通、1年も冷凍しておくと冷蔵庫のニオイが移ってしまいそうなものであるが、それを全く感じないのには驚いた。全く信用していなかった北米製の密閉式タッパの威力を、こんなところで見せつけられるとは。もしかしたら、この習慣がタッパのニオイシャットダウン機能の一端を担っているのではなかろうかとも思えた瞬間だった。

そして同時に「この習慣はいつから始まったものなのだろうか」という興味が沸いても来た。1年保存の効くケーキを作るのは大変である。それがドライケーキであってもだろう。確かに今回食べたケーキはスポンジ内にフルーツも無ければ生クリームも使われていない、超シンプルなものではあるが、相当の顧慮をしないと駄目になってしまうのは自明であろう。となると、冷蔵庫が発明されてからの慣例なのかとも思えるが、気になるところである。ちなみにWedding Cakeは式の際に勿論頂くし参列者に振舞われる訳で、話によるとケーキの一番上の段だけを保管するのだそうだ。

1年目が無事過ぎて、2年目が始まる。特に何年を目指すものでもないだろうけれど、節目節目は大切にしていきたいものである。



c0238497_14535981.jpg
直径は約20cm弱と言ったところか。2人ではやはり食べきれない。






[PR]
by Tashinchu | 2014-10-07 22:30 | MISC. | Comments(0)