音・岩・光

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30032014

6年ぶりに日本で迎える春。

山菜をはじめ、春は秋に劣らないほどの旬の味覚がある。それらをスーパーからではなく、野山から直接いただけるのはありがたい。



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ご近所さんからお裾分けで頂いたフキノトウ


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自宅裏の畑に芽を出したタラ


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本家の竹やぶで採れた筍





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by Tashinchu | 2014-03-30 14:00 | Foods | Comments(0)

25032014

静岡市美術館で2014年3月30日まで開催していたシャガール展。招待券を頂いたので、両親と共に出掛けてきた。

日本初公開作品を含め約230点に及ぶ彼の作品が展示されていた。150点ほどが日本初公開だったけれど、その殆どを下絵と舞台衣装デザイン(デッサン)が占めているは、初公開“作品”を目当てにしている人には味気ないものだったかも知れない。でも、下絵や習作なんかも含めてシャガールが好きなんだよ、シャガールなら何でもいいと言う人には関係ないだろう。確かに、下絵として並んでいた作品の中にも、青い魚の背中に家々を配した“バレエ「ダフニスとクロエ」第2幕の舞台背景下絵”などは高い完成度を持っていたし、同じく画用紙に色鉛筆や水彩などで描かれた同バレエの衣装デザインでは“壺と若い男性”と“花束を持つ女性”が、バレエ「火の鳥」の衣装デザインでは、赤と緑の面をつけた黒いシルエットの“魔王カスチェイ”は痛烈に僕の印象に残っている。


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美術素人の自分の印象は、シャガールといえば「ザ・印象派」という感じがしていたけれど、そうでもない部分があることも垣間見えた。集められた作品を見ていると、彼が指示を集めている理由が良く判る。彼の特徴である、夢の中の世界をそのままこの世に引き出してきたようなスタイルは健在で、一見しただけではズバッと訴えかけてくる確固たる主張が無いように見えてしまうこれらの作品は、逆を言えば真剣に見なくても良いという安心感を持っている。宗教画や政治色の強い絵画よりも、歯医者や不動産屋の壁に飾るなら印象派の絵になるのは、そのためなんだろう。僕は同じような画風(とまでは行かないんだろうけど)なら、ゴッホの方が好きかも知れない。同年代ならやっぱりピカソになってしまうか。


3章構成の展覧会の第2章手前、“「魔笛」の思い出”という作品の前で立ち止まる。「もしかしたら宮崎駿はシャガールが好きなのかも知れない?」という感覚がふつふつと生まれてきた。魔女の宅急便で、森の中のログキャビンに住んで絵画に燃える女の子「ウルスラ」の描いた絵は、この“「魔笛」の思い出”そっくりのタッチと構成だった。ウルスラの絵は、もともと他の人が描いた絵にキキを宮崎監督が付け足したものなんだそうで、監督がシャガール好きという直接の理由にはなりそうにないけれど、それでも予感がしてしまったのは、きっと僕の中で何かリンクしているものを2つの絵に感じてしまったからだろう。そう見てしまうと、他のシャガールの絵も監督が好きそうな絵に見えてくるから面白い。結局のところ、この展覧会の3章途中に設けられているスライドショーのBGMで流れていた、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」が、ハウルの動く城(で使われていませんでしたっけ、他の宮崎映画だったかな?)を思い出させたというのも、非常に大きな要因であることは確かなのだけれど。。。

宮崎監督作品は非常にリアルで写実的な絵が特徴的だ。それとは正反対に位置するシャガールの絵。およそ似ていない両者のスタイルだが、この2人の描くもの(=見ている世界)には相似点があるように思える。シャガールの絵は、視野の四隅がボケて周辺減光し、まるで夢の中にでも居るようなボンヤリとしたものだと先ほど書いた。浮遊感のある淡い情景でもある。つまり、1枚にそれぞれ描かれた物体(魚・家・ヒト・楽器など)は現実に存在しているのに、それらの関係性がリアルでないというものだろう。そんなこともあって、彼の絵を見ているうちは現実逃避してもいいかなと思わせてくれる安心感がある。

他方、宮崎映画は実にリアルな描写をしているけれど変なところにリアルさが無かったりもする(これを僕は“宮崎の物理法則”と呼んでいる)。例えば映画ナウシカで、トルメキアがペジテ市のブリックを雲に押し付けて乗り移るところは、雲にはそんな反発力は無いはずでリアルではない。まぁ、物語なのでそういう部分もあっていいのだろうし、それが監督の描き方(=見ている世界)なのだから問題ないだろう。けれども、紅の豚やとなりのトトロ、耳を澄ませばなどには実際にある地名や地域が登場したりもする。ここでもシャガールと同じく、現実世界のエレメントは使うが、存在しない世界を描くというアプローチがなされている。

そんな訳で、「もしかしたら宮崎駿はシャガールが好きなのかも知れない?」の妄察は、強引なこじ付けでもって一応の解決をみたことにしたい。シャガールと宮崎駿の表現したい世界は同じなのではなかろうか。



と、こんな感じで巡ったシャガール展。今まで印象派という括りで囲ってしまっていた、他の画家の作品も見てみたいという気持ちが強くなった今回の展覧会。捻りが無いけれど、まずはモネなんだろうか。同じ時代に生きたピカソはあちらへ、シャガールはこちらで、リアルタイムで見られた人は何と運がいいのだろう。

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入口手前のホール(ロビー?)で目に留まったこの本。著者が静岡県出身と言うところに親近感。内容も適度にあるのでオススメです。

<追記>
この本内におけるシャガール作品についての説明が、非常に面白く的を得ているので紹介しておきたい。
「シャガールの絵は、いつもふにゃふにゃしたものが空を飛んでいて、描かれている人物の顔もデッサンもおかしいちょっと変な絵ですが、どれも見ればすぐにシャガールだとわかるという意味ではすごいものをもっています。」

“まさにこれこれ、僕が見たのは。”といった感じで、展覧会から帰ってきて読んでいるときに独りで「ククク」となってしまった。他にも色々と、彼ならではの画家の形容文句が並んでいるので、興味のある人は是非とも読んでみて欲しい。
<追記終わり>


次回、静岡市美術館の展覧会は「巨匠の目 川端康成と東山魁夷」。流れはいいかも。


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by Tashinchu | 2014-03-25 11:30 | Museum | Comments(0)

23032014

大井川鐵道が運行するSL。Steam Locomotiveの略だと言うのを知ったのは、地元の「SLの見える丘」看板の英訳を見たときだった。

灯台下暗しとは言ったもので、幼い頃からずっとSLを見ているため、今まで写真に撮ろうなんて思うことは全く無かった。しかし、地元紙には同鉄道が2014年度のダイア改正で本数の大幅減を決定したとあり、更にはニュースで寝台特急「あけぼの」のラストランの様子が生中継されているのを見るにつけ、いつかはこのSLにもラストランがやってくるのではないかという感慨に包まれた。そうは言っても、なかなか実行に移す日がやってこなかった訳だけど、ふとしたことからこの週末は2日連続でSLの撮影に費やすこととなった。

当初は旧中川根町の史跡を写真におさめつつ、地域の住民の話を聞いてまわろうと思い車を走らせていたのだけれど、その途中で車の行列駐車を発見。このポイントはSL愛好家が撮影で良く使う場所だというのは知っていたので、興味本位で自分も足を運ぶことにした。川べりまで車で下って土手沿いに車を停めて驚く。西は京都・岐阜、東は千葉や足立・湘南ナンバーがついた車でいっぱいだった。ここまで広い地域から、週末を利用し朝早くからやってやってきている人のことを思うと、自分は何だか申し訳ない気持ちになる。

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C11型190号機


ポイントに到着すると、見事な山桜が迎えてくれた。なるほど、鉄道愛好家の方々はこの桜の開花もバッチリ予想(もしくは口コミを)出来ているのだろう。橋脚下からのショットには10人弱、線路脇には15人ほどの愛好家が三脚を並べて、今は遅しとSLを待ち構えていた。日曜日は更に多くの人で溢れていた。フィルムカメラの姿もある。若い女性の姿も見られた。

僕のイメイジでは、場所取りでいざこざが起きるような気がしていたので、なるべく隅っこのほうで大人しく行こうかと思っていたら、皆さん気さくに場所のやり取りをしていて、相像とは違う穏やかな雰囲気の時間が流れていた。線路脇の茶畑に侵入し三脚をセットする人も居なかったし、枝や草を邪魔だと折るという姿も見られなかった。ルールを弁えない一部のマニアの残念な行為が、ニュースで大きく取り上げられているだけなのだろうと思うと、こういった良い面を見られたのは非常に嬉しい。もっと発信されていくべきことなのかも知れないし、客観的に見る目を持つことが大切なのを気付かされる。Jリーグの無観客試合や岩場とクライマーの関係なんかも同じだろう。




2日目の2本目は場所を移して、地名(じな)と言う地名(ちめい)からSLを狙うことにした。2日とも非常に良い天気で、青空に浮かぶ雲が初夏を思わせるほどに湧いていた。SLも負けじと白煙を豪快に上げて走り過ぎていった。


C10型8号機
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日本一短いトンネルとして話題(にはなっていないだろうけど)の索道保護用トンネルを抜けてくるSL機関。
大井川鐵道HPによると、会津若松で運用されていたらしい。コタツ列車の走っているあの路線だったのだろうか。一度は乗ってみたい列車だったので、なんだか一気に親近感が湧いてきた。その当時の車体プレートと現在の車体プレートでは、少し違っているけれど何故なんだろう。気になるけれど、オリジナルプレートは会津に記念として残してきたのだろうか。

カメラが苦手とする、コチラへやってくる被写体への追尾フォーカスだったけれど、マニュアルでも補助してやりながら何とか数枚はプレートにジャスピンしているものを撮ることができた。これは運転手用の窓にピンがきているけれど、それはそれで良しとしよう。トンネルの向こう側200mほどのところに地名駅があり、ホームは上りと下りの2車線に分かれているため、時々普通電車同士が上り・下りの行き違いをここで行うことが僕の学生時代はあった。今でもするのであれば、ここから駅ホームに並んだ2台を狙うと言うのも面白そうである。普通電車とSLだったら最高なのだけれど、それがあったら張り込みをするくらいの気力でGetしたいものだ。

鉄道・SL愛好家の気持ちが判ったような気がした週末2連戦だった。旧中川根の史跡巡りはまたの機会に。。。


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by Tashinchu | 2014-03-23 13:00 | Photograph | Comments(0)

22032014

随分と前の話だけれど、日本を湧かせた小惑星探査機「はやぶさ」を覚えているだろうか。

宇宙技術大国のアメリカでさえ成しえなかった、“無人探査機で小惑星に(ほぼ)着陸して、そのサンプルを持ち帰る”という人類初の快挙を、宇宙開発分野では小国の日本がやって見せたのは痛快だった。引用符の言い方が、車や家電・カメラメーカの良く使う「当社製品との比較で…」とか「○○年までに発売の○○搭載の一眼レフ機において世界最小(最速)」とかいう文句みたいでやるせないけれど、2015年打ち上げ予定の「はやぶさ2号」の計画には、アメリカが是非とも見学(あわよくば情報提供)させて欲しいと言ってきていることを考えると、このプロジェクトの成功が如何に凄いものだったのかが良く判る。NASA規模の予算が無くても小型の探査機を運用できることを示したこのニュースは、軍事利用の側面も含め色んな意味で衝撃だったのではないだろうか。江戸幕府が伊能忠敬の蝦夷地地図を完成させてきた時に受けた衝撃のようなものである。

そんな「はやぶさ」の地球帰還のようすを日本のメディアが生中継しなかったのは信じられないくらい(アポロ11号の月面着陸を生中継しないのと同じくらいなので)だったけれど、ちゃんと現地で取材をしている日本人がいて、こうやって本になってくれたのがせめてもの救いだなとしみじみ感じた。

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もともとこの本に関しては、著者の山根一眞氏がゲスト出演したポッドキャスト番組「ラジオ版 学問ノススメ」の配信で知っていたけれど、その頃は日本におらずで本を買うのにも結構な出費をしなければならない環境だったので、今回初めて本を読んだ格好になる。その配信と本書の内容はほぼ同じようなものだったけれど、改めて文字で読んでいくと、当たり前だけれど耳からとは違った理解の仕方をしてくれる。ページをめくる度に味わう冒険物語を読むようなわくわくドキドキ感は何年ぶりだろう。

わくわくと言えば、数日前に宇宙がらみで流れたニュースが興味深い。南極の観測所で、宇宙開闢時の名残である初期重力波の痕跡を観測した、というものだ。これはビックバンの始まる少し前の出来事を裏付けるもので、そちらの世界ではかなりの注目を集めているらしい。この初期重力波の存在は、著書の「眠れなくなる宇宙の話」(非常に面白い内容なのでオススメ)が有名な、佐藤勝彦氏が提唱したインフレーション理論の信憑性も高めている。つまり宇宙がいくつもあること(マルチバース)や次元が何十もあること、重力だけが他の3つの力に比べて何故こんなにも弱いのかに対する答えにも近づいて来ているということだ。これは非常に楽しみな2010年代後半を迎えられそうで期待してしまう。

ビックバンもインフレーションも今でこそ多くの指示を得ているけれど、発表された当時はあまり見向きもされなかったようだ。ダーウィンの進化論やガリレオの地動説なんかと同じで、アカデミックな分野では奇抜なアイディアは受け入れられにくいのだろう。学会というところは、とことん保守的な感じがするけれど、
何百年後に(そこまで文明が残っているのかは未知数だけれど)全く違う宇宙像がメインストリームになっているのを、自分も「ちょっとそれは淋しいな」と感じてしまうのだから、僕自身も保守的なのかも知れない。そんな訳で、先の説論と同じくビックバン理論もインフレーション理論も正解であって欲しいなと思わずにはいられないのだが。

そんな風に考えると、このはやぶさプロジェクトも相当の向かい風を受けながらの船出だったのだろうことが想像できる。けれども素晴らしい結果と感動を与えてくれたのは、このプロジェクトに携わった全てのスタッフが、何としてもはやぶさを地球に帰還させようと、死力を尽くして取り組んだ結果であり、リベラルな意見交換やチャレンジがあったからなのであろう(そういえば映画も作られていたけれど、それも未だ観ていないからレンタルしてこないと)。
その辺り、つまりイオンエンジンや御手玉マーカーなどの奇抜なアイディアが随所に活躍・登場する、この一大プロジェクトの詳細がこの本には詰まっている。

先の観測事実により、佐藤氏のインフレーション理論がノーベル賞を受賞する日が来るかも知れない。はやぶさの帰還もそうだし、これを機にもう一度、日本にもパイオニア精神やチャレンジ精神がコンサヴァな風土に流れ帰ってきて欲しい。



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by Tashinchu | 2014-03-22 17:30 | Books | Comments(0)

21032014

本日は春分の日

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大接近とまでは行かないまでも、土星と月が近くに見えた明け方。
今晩も月を中心に見て反対側に土星が移動して、月と土星が見える。

来月には久々の月食(月出帯食だけど)も見られるし楽しみだ。


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by Tashinchu | 2014-03-21 06:30 | Astronomy | Comments(0)

16032014

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里山と鶴竜の取り組みが気になった大相撲3月(大阪)場所中日。

里山には勝ち越し付近まで星を延ばしてもらって是非とも幕内に残って欲しい。
鶴竜の綱とりは、これからの三役・横綱戦を落とさずに勝ち続けれくれれば見えてくるんじゃないかなぁ。

1月の初場所は、まぶたの腫れた遠藤が押し込むも大砂嵐の逆転で幕内初対決は大砂嵐に軍配があがったけれど、今場所は遠藤の逆転勝利。横綱が2人いて、若手も伸びてきているこの頃。5月場所は国技館に足を運びたい。






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by Tashinchu | 2014-03-16 16:00 | Photograph | Comments(0)

13032014

「山!山!山は招く!」

恐ろしく洗練されたコピーだと一目見て思った。敗北感を同時に味わうほどの文句である。勝負している訳でもないのに、だ。

八王子から電車を乗り継いでやってきたのは山手線目黒駅。本当なら横浜市で開催中の「2013年報道写真展」へ行きたかったのだけれど、時間もないし雨も強くなってきそうだったので、東京都写真美術館で開催中の「黒部と槍 冠松次郎と穂三寿雄」へ予定を変更した。これは正解だったかも知れない。目黒駅から美術館まで歩いている途中、発達した温帯低気圧に伴う強風へビル風が加わった(であろう)猛烈な風に時折押し戻されることがあったからだ。いい具合に招かれたという感じである。帰りに気付いたのだけど、恵比寿駅から屋根付きの歩く歩道を備えた恵比寿スカイウォークが美術館手前まで整備されているので、恵比寿側から美術館へ行くのがベストだったようだ。

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黒部は黒部峡谷深部の、槍は槍ヶ岳というよりはその特徴的な山容を周辺から遠望した写真が多く展示されていた。この時代にカメラを背負って山に入るのはどれだけのことだったのだろう。冠松次郎は「カメラの必要性を感じたことは無かったが、黒部の深部を自分だけではなく他の人にも見てもらいたいと思う気持ちが、この景色を見ていると強くなった。」というような言葉を残している。
しかし、当時のカメラは大きくて重いただの荷物。フィルムもロールではなくシートをケースに入れて運ぶ時代である。使用した穂氏愛用のカメラも展示されていたが、そのシノゴであろうカメラ機材を担いで山に入った彼らの情熱は計り知れない。

そんな熱のこもった写真は見るものを魅了する。多分、彼らの持っていたカメラはレンズ交換が出来ないはずで、つまり焦点距離による表現云々なんてものは無い訳だけれど、なんだろう、とにかく凄かった。展示写真はそんな訳で、いわゆる標準画角のものばかりがずらりと並んでいるのだが、これらの写真群を見続けても全く飽きが来ないのは、黒部深部が備えた霊験の仕業だけでは決してないだろう。僕みたいにガチャガチャとレンズを換えては撮り、なんてことをしているのでは辿り着けない、レンズ1本に一枚入魂の制約が内包しているエネルギーみたいなものが1枚1枚に宿っているのをひしひしと感じた。抑圧から輝きと閃きが生まれるのはいつの時代も同じなのであろう。もし画角が足りないなら写真2枚を繋げればいいのだ。僕も1台に1本のルールで挑めば、結果が付いてくるのだろうか。

大判フィルムに残された情報は“神は細部に宿る”と言わんばかりに、木々の線や川の水しぶきと水滴までもそっくりそのまま半切~全紙サイズに暴きだしていた。35mmフィルムを引き伸ばしたら、絶対にここまで解像しない。迫力と臨場感、立体感と透明感がまるで違うのは大判フィルムの成せる業だろう。色の無い白黒写真というのもコチラに想像の含みを与えてくれる。カラーではなかなかそうは行かない。白から黒への滑らかなトーンがあるかと思えば、潔い黒や白とびのある力強いコントラストのものまで、それぞれに個性があって飽きない。瀑布や風に揺れ擦れる木枝の音まで聞こえてきそうなものばかりである。

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(Smapleの文字と二重線をチケット半券に入れてあります)



全部で137枚の作品が展示されているので、じっくり見て廻るなら2時間は見ておいたほうが良いだろう。久しぶりにこんなに多くのプリントを見られたことは、至極のひととき以外のなにものでもない。PCなどの画面ではなく、紙で見る写真の持つ力が実に巨大だというのを身をもって体感できる。他にも、松次郎使用のベント社製ピッケル(Canmoreで持たせてもらったエドモント・ヒラリーのサイン入りピッケルそっくり)やペンで書き込みがされた 1:1/50,000の地図、冠松次郎著の書籍・紀行文など、山好きにはたまらない内容が展開していた。また、出口手前では彼ら2人と現役の写真家2人による写真対決動画ブースが、展示スペースの外では2013年のハイビジョン動画「槍ヶ岳物語」や1932年の白黒映画「日本アルプス 上高地編」も上映されており、北アルプスの魅力を余すことなく体感できる伏線が張られている。そんなこともあってか、年配のおじ様の姿が多く見られたところは、先に行った夢美術館の浮世絵展で大半を占めていたおば様たちの姿と対照的で興味深い。


最後に、僕的お気に入り写真を挙げておこうと思う。

冠松次郎
剣の大滝を囲む大岩壁(写真2枚を繋げたもの) 1926年
岩魚 1931年
宇治長次郎 1925年
シジミ谷付近 谷を埋める雪渓と人夫たち 撮影年不詳
東谷上流の歩道 1930年

三寿雄
雲晴れる槍ヶ岳、槍ヶ岳肩より 1924-1941
小槍登攀 1924-1941
夏の槍ヶ岳と天狗池、氷河公園より 1924-1941
焼岳大爆発、河童橋より1925年


会期は3月4日(火)~5月6日(火)までなので、山岳写真や北アルプスが好きな人なら、是が非でも足を運ばれることをオススメしたい。ある写真の説明で「友の一人は感激的に向脛を撫でている。この足があればこそ、こんなに素晴らしい所を見ることが出来たのだと、頗(すこぶ)る満悦である。」とあったけれど、そうなってしまう理由は、2人の写真を見ていれば明らかだ。

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by Tashinchu | 2014-03-13 14:00 | Museum | Comments(0)

13032014

くるりのアルバム「ファンデリア」に収録されている「坂道」の情景と空気そのままに、JR八王子駅北口から北西へ斜めに延びる商店街を進んで行くと、八王子夢美術館が見えてきた。坂道は流石に無かったけれど、イントロの電車音とアコースティックギターのリフレインが、自分の見ている日本の風景をものの見事に切り取っているように思えた。なんとも贅沢な徒歩15分間。


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60年以上もの間、行方不明になっていた喜多川歌麿の肉筆画「深川の雪」が発見されたというニュースを先日、日曜美術館を見ているときに知った。修復保全も終わり4月上旬から箱根町の美術館(名前を忘れた)で一般公開されるらしい。所用でJR中央線界隈にいたときに、ふとそんなことを思い出したので、都内ならきっと現在進行形で浮世絵展を開催しているところがありそうだと思い検索を掛けたら、近くでやっていることが判明した。しかも歌麿がメインになっていそうな展題がついている。タイミングも場所もバッチリだ、ということでやって来た夢美術館には100点を超える浮世絵黄金期の作品(美人画が中心)が時代・流派ごと明快にまとめられていた。

一重の細い目に小さなおちょぼ口、頬と首のラインは幾ばくかの膨らみのある女性ばかりが並んでいるけれど、それらの特徴にも時代と共に微妙な変化があるのが興味深い。広重や北斎の風景画にも言えることだけれど美人画にも流行りや画風があることが良く判る。現代では、目が大きく二重で髪の色が青・ピンク・緑 な女の子が漫画で良くみられるけれど、同じような特徴を持った80-90年代漫画の女の子(例えばセーラームーン)を見て受ける印象は全く違うのだから、そういう流行や傾向があってもおかしくはないだろう。ファッションモデルやビール会社のイメージポスターも変わっているのだし、と思いながら美人画を眺めつつ、鑑定士はこの微妙な変化で何代目歌麿なのか等を見極めるのだから大したもんだと感心しきりだった。

細い目だけをずっと見ているとそれが色っぽく見えてくるのは、浮世絵が風俗画の側面も持っているからだろうか。袖や首襟から覗く肢体も艶っぽく見えてくる。「ウォーリーをさがせ」の数秒後を見てみたくなるように、彼女たちが数秒後に見せるであろう艶(あで)やかさまでも想像させてくれる静的動きがあった。確かに美人画は現代で例えるとポスターやカレンダー、ブロマイドみたいなものだと言えるわけで、そういう官能美を併せ持っていてもおかしくは無い。吉原遊女を題材にしたシリーズを多くの絵師が取り上げているのも判るような気がするし、風景画も含め浮世絵がこの時代の風俗を今の時代に伝えてくれる重要な資料の一面も持っていることを感じられずにはいられなかった。もちろん美人画だけではなく歌舞伎役者やお相撲さんを画した役者絵の展示もあり、こちらは女性に人気があったのだろうか、躍動感と漢のニオイのする浮世絵がずらりと並んでいた。吐息の美人画、息を呑む役者絵といったところだろうか。

圧巻だったのが初めて見た東洲斎写楽の浮世絵で、他の役者絵とは明らかに違うオーラを出していた。出没年や活動期間も良く判っていないことから謎の浮世絵師の名を欲しいままにする彼は、一体どこから来てどこへ消えたのか。この辺の妄察は写楽展が何処かで開催されたときに取っておくことにしよう。

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今も昔も流行の種が持っているポテンシャルや熱量は同じだったと思う。そして流行が大衆化し沈静化、もしくは慢性化すると廃れるという傾向も今とは変わらない気がする。理由は新しかったものに対する刺激がそこに無くなるからだろう。更に言えば、この一連のサイクルは昔のほうが長く続いただろうことも予想できる。車や飛行機、インターネットも無かった時代な訳だから、流行はゆっくりと進むしかない。流行を知らなかった人は刺激をもらい、次に待つ新規流行予備群へとその熱・好奇心を伝えていく。この過程で二次的な流行が起き、副産物(亜流・贋作)が発生するなど、流行そのものの深化や昇華が生じたであろうことも想像に難しくない。

さて、今は情報社会。何でもかんでもインターネットで見聞きが出来てしまう世の中だ。何か流行が生じてもグラデーション的に熱量は進まず、“初期流行感染者 ≒新規流行予備軍”というような図式が出来てしまい、深化や昇華の起こる猶予を与えてもらえない。これが現代社会、特に日本で流行廃りが激しい原因なのではないかと妄察した(ネットと移動手段技術の発達のお陰で八王子の展示会を発見し足を運べた訳だけれど)。

この流行り廃りの傾向が将来、未知のウィルス感染病にも当てはまってしまうと恐ろしい。徐々に感染が進むインフルエンザのような流行りではなく、ウィルスまでも現代社会の在りようを真似て爆発的な感染をみせたとしたら人類は死滅するしかないだろう。移動手段が発達したのだから考えられなくも無い。そういえば映画「パーフェクト・センス」がそんな感じだったのを思い出した。


ぐるりと展示を廻り受付カウンターに返ってくると、館の外で雲行きが非常に怪しくなってきているのが気に掛かる。くるりの「春風」のような、雨でも爽快な空気のままであって欲しいと願いながら次の目的地へと足を進めた。

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by Tashinchu | 2014-03-13 11:00 | Museum | Comments(0)

09032014

新東名から東名へ抜ける際に通過する清水JCT(新東名側の分岐・将来は中部横断自動車道と連結)から清水連絡路(東名側の分岐)の連絡区間。初めて利用したけれどこの5kmの道のりは一度は走ってもらいたいと思うほどで、日本高速高架橋名勝10選があるのなら間違いなく撰ばれるであろうクオリティを持っていた。

連絡道路は山間部から港湾部へと一気に標高を下げながら南へ延びていて、途中にある清水いはらICを過ぎた辺りで左へ道路が大きく曲がり始める。すると突然視界が開け、眼下に広がる清水港(だと思う)と周辺の街並みが目に入ってくるのだけれど、この景色が計算されているのか用地買収をしてみたらこうなっただけなのかは判らないけれど、何とも言えないほど素晴らしくて子どものように独り車中で浮き浮きしてしまった。大げさに言えば、まるでジャンボジェットを操縦して着陸態勢に入っているような感覚。きっとこんな風景がコクピットから広がっているのではないかと想像しながら下る数分間は、危うく東京・名古屋分岐の看板を見逃しそうになるほどだった。

今までは薩埵(さった)峠を貫くトンネルを抜けた先に広がる由比の町と富士の山という景色が僕的東名高架橋名所だったけれど、うーむ、これは悩む。とりあえず両方とも近くに位置しているので、このエリア一体を名勝地とすることで解決させるのがいいかも知れない。

そして東名のトンネルを通過中に感じた違和感。東名のトンネルを走っている筈なのに圧迫感が無いのを不思議に思ったけれど、以前はトンネル上部に吊られていた物体が取り除かれているのに気がついて納得。入口外側の壁に、やっつけペイント丸出しのペンキか定着剤の跡を見ると更に事情が飲み込めた。今思えば果たしてトンネル内部の物体は何の役割を持っていたのかを知りたくなる。意味は在ったのだろうか。

などと考えていると富士川SAまで○○kmの看板が現われる。由比からこんなに早く着いてしまったっけ?と思いながら、SAへ進入し富士川楽座で一休み。ETC出口へそのまま流出しても良かったのだけれど、楽座でやらなきゃいけない重要な任務が待っている。そう、道の駅スタンプ捺印である。これで県内中部の道の駅スタンプコレクション完成まであとひとつとなり、ゴールが見えてきた。浜松と伊豆方面が残っているけど、それは地道に行こう。楽座には、巨大窓ガラスがはめ込まれ窓枠に邪魔させず富士山を眺めることが出来る展望室もあるけれど、そこには目もくれずにLEGO展をまわって車へ戻る。




富士川SAのETC出口から10分で橋の目的地、富士川ボルダーに到着した。


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川べりにあるボルダーの為、ホールドというか岩全体が非常につるつるしている。ベタ足スタンス中、プラスチック容器を洗っているときに聞く「キュッキュッ」という音をシューズのソールから初めて聞いた。この辺りは砂地もあったりとランディングが平らで安定しているのだが、高さがリードで言う2ピン目以上ある課題もあり、着地満点で落下したのにクラッシュパッドを通じて踵にジーンという振動を久々に感じたりもした。

初めて会う人も多かったけれど、まったりとセッションは進んで6時間ほどの外岩Dayが終了。今回も収穫は無く宿題が増えただけで終わってしまったけれど、一番の収穫は数年前にCanmoreで知り合った友人クライマーと再会できたことだろう。変わらず元気でしかも強々で、半年ほど前に生まれた赤ちゃんにも会えた。彼らは東京から日帰り遠征だったけれど、僕らも来年度からは東京、な筈なのでジムや外岩でセッションする日を楽しみにしたい。

夕飯にクライマー達と名物富士宮焼きそばを食して帰宅。6年振りの蒸し麺の歯ごたえは、これまた変わらず強く美味しかった。

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by Tashinchu | 2014-03-09 11:30 | Climbing/Hiking | Comments(0)

07032014

最近読んだ本、その2。

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この本をAマゾンで見つけたことには非常に感謝しているけれど、ホント危険極まりないAマゾン検索ツールバーである。その3、4が書けるほどかなりの冊数をオーダーしてしまった。。。


日本語を話せても、書く機会が減ってきた昨今。2013年10-11月の2ヵ月間、「アパートメント」というWeb Magazineで、コラムを書かせていただく機会をもらい計9回の寄稿をさせてもらったが、このとき“素晴らしく日本語の文章作成能力が無い”ことを痛感した。さらには構成力・主題もさっぱり定まらないこと極まりなしの状態で、書きながら自分にウンザリすることがしばしばあった。それが本書を購入するに至った動機である。

どんな技術について書かれているかを簡単に挙げると、
1. “判りやすく読みやすい文章”を作る方法
2. 句読点の打ち方
と、こんな感じだろうか。

最終的に上記の2点がしっかり行われていれば、読みやすい文章を作るのは簡単だと筆者は述べている。その為には読みやすい文章(逆を返せば読みにくい文章)とはどんなものかを知る必要があるので、前半部ではその辺りについての説明が克明に行なわれている。

大手新聞社やエッセイストの文法間違いなどを取り上げ、彼らの作文技術について皮肉交じりに説明をする場面もあったけれど、延々とそれをされると読んでいる側はゲンナリしてしまう。読もうかなと思った人が居たら、この点について少しだけ記憶の片隅で準備をしておいた方がいいかも知れない。きっと崩壊しつつある日本語を危惧してのことだろうと思うけど、少しばかり著者の品位を思うときがあった。

読みやすい文章と正しい文章は全くの別物で、判りやすく読みやすい文章は誰でも書けることを説いているところが本書の魅力であろう。僕はそれを確認できただけでも収穫だった。文法を理解していれば正しい文章は書けるが、それが必ずしも読みやすい文章になるかと言えば、そうではないことを指摘してくれている。文法についての説明が殆どなく、本のタイトルに“作文技術”とあるのもその為なのだろう。言語は既にあってあとから文法が発達してきたことを考えると、こういう視点で書かれた本のほうが僕にはしっくり来る。ただ、「は・が・も・こそ…」などの助詞の使い方は、文法的観点から正しく使えるようになったほうがいいだろう(←自分への戒め)。

日本語に深くに携わる仕事に就きたい・就いているのであれば一読してみると、その前後で書き方ばかりでなく読解方法も変わってくることに気付けるのではないだろうか。


文豪と呼ばれる人たち文章が何故素晴らしいのかも本書を読んで想像できた。文芸作品が素晴らしいのは文章を芸術の域に高めたからで、やはりかれらの日本語文章は確固たる基礎があっのだろうことを予感させてくれる。基本の文法通りに書いた文章は真っ直ぐすぎて面白みに欠けるが、文豪はそれをギリギリのところで崩しつつ正しい文章を「生み出し」て芸術としていったのだろう。絵画の世界に良く似ているなと思った。一般の人でも現代アート的な絵画や写真を簡単に作れるようになったことが、文章についても言えるのではないだろうか。

さてさて、この本を読んだのち新たにBlogを始めてみたものの、どうも作文技術が上達したようには思えないのだけれど、どうだろう。特に句読点の打ち方はまだまだ完全に理解したとは言い難いし判らない。そういった意味で、むやみやたらと奇抜な文章を書いて面白さを出そうとはせず、地道に書いて行くことから始めるのが吉であろうと思うのであった。
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by Tashinchu | 2014-03-07 10:10 | Books | Comments(0)